第12話 人と機械の感情

 事実を告げながらわたしは辛いと感じていた。

 少なくとも事実を知らなければ、彼女は余計な苦しみを背負わなくて住んだのではないだろうか。

 人と機械、その差はあれど少なくとも感情がある存在である以上、人に意図的に造られた事実は重いだろう。

「そろそろお気づきかもしれませんが、あなたが数ヶ月前にKAGURAへ行った際に、あなたから『ヨカゲシノブ』のコア部分は分離されています。」

 そう告げる前で彼女は机と両手で頭を押さえつけるような仕草をしている。

 辛いのだろうが、選択する必要がある。

 そうしなければ……。

「ここであなたには選択肢があります。 1つは『ヨカゲシノブ』の分離を受け入れ心身の最適化施術を受ける。」

 そうなのだ、選択が必要な理由は彼女の心身の最適化にある。

 元々、『ヨカゲシノブ』を育成するための器として造られた彼女が、今はその大本を失って不安定な精神状態になっている。

 この状況が続けば早々に精神崩壊にいたるだろう。

 その前に適切な処置を受ける必要がある。

 そして、そのための交渉こそがKAGURAの社長からの本当の依頼。

 傀儡舞の事を話してなお交渉ができるのは我ら古物商だけだから。


「もう一つは『ヨカゲシノブ』を体内に戻すこと。」

 その言葉に、希望を見出したのか彼女はわたしを笑顔で見る、でも……。

「その場合、すでに独自の自我が成立している『ヨカゲシノブ』によってあなたの精神は再フォーマットされ、あなたの自我は消えてしまう。」

 残酷な現実を突きつける。

 自分が生きるために、アイデンティティである『ヨカゲシノブ』への思いを消すか、『ヨカゲシノブ』のために自分を消すか。

 考えてみればひどい話であるが、先代社長はそこまで考えていなかったのだろう。

 彼が存命の頃はAUTO-MUTTONの人格権なんて認められていなかったのだから。

「回答はすぐでなくてもいいですが、あなたのあまり時間はありませんよ。」

 そういうわたしの前で彼女は静かにすすり泣いていた。

[あの、待ってください!]

 その時だった、リストフォンから声が響いたのは。

 わたしは「失礼」とだけ言い残し、彼女に背を向けリストフォンの音声を指向性に切り替える。

 これで音声はわたしだけに聞こえる状態になる。

「どうしました?」

 名前を出さないように気をつけながらわたしは『ヨカゲシノブ』に話しかける。

[すみませんが、彼女と二人だけで会話したいのですが……。]

 まあ、そうなるだろうね。

 わたしは静かにため息を付くと、「わかった」とだけ告げリストフォンを外す。

「すみません。電話の先からあなたと話しをしたいと言われまして。」

 そう言いながら、リストフォンを彼女の前に置く。

「あ、あの相手は?」

「会話すれば分かるわ。」

 疑問を口にする彼女に笑顔で答えたわたしはその場から離れることにした。

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