第11話 ヨカゲシノブの事情

 ワタシはハラハラした。

 回天堂が彼女に話す内容は事前に聞かされていたが、それでも彼女が理解してくれるのか心配でならなかった。

 でも分かち得ないはずの存在だった、彼女の苦悩の原因がワタシにあるとは……。


[KAGURAプロには数年前、1人のバーチャルシンガーが在籍していました。]

 回天堂が静かに話し始めた声が電子の波となってワタシの聴覚を耳朶する。

[彼女はアバターで姿を隠し、素性を世間に知られない様にしながら歌を歌い続けていました。 その名前は『ヨカゲシノブ』。]

 その言葉に彼女が驚愕の顔をする。

 初代の『ヨカゲシノブ』についてワタシは覚えていたけど、彼女はそうではないらしい。

[とは言え、初代『ヨカゲシノブ』について世間では曲は知られていても存在はあまり知られていませんでしたので、同姓同名の他人と思ってください。]

 あくまで淡々と話しを進める回天堂。

 普段の姿からは想像もしなかった冷静さがにじみ出ている。

[KAGURAプロとしても初代『ヨカゲシノブ』は存在だったので。]

[ど、どういう事ですか?]

 彼女が動揺する。同姓同名と言われても気になるのだろう。

 その反応に回天堂が少し考える素振りを見せる。

[『ヨカゲシノブ』の正体に問題が有ったからです。]

 その言葉に彼女はさらに疑問を感じているようだった。

[それは中身が現社長だったからですよ。]

 静かに回天堂が告げる。

 ここからが真相だ。

[『ヨカゲシノブ』はKAGURAがヴァーチャル系芸能人のマネージメントを本格化させるにあたって作られたPR用マスコットだったんです。]

 そう、ヨカゲシノブとは元々企業に造られた存在だった。

[声は当時シンガーとして活動をしていた社長の娘、つまり現社長の声をしてね。]

[ちょ、ちょっとまってください、演じていたのではなくサンプリングなんですか!?]

 驚く彼女、まあそうだろう。

[そして、思わぬ人気が出てしまった『ヨカゲシノブ』を本格的に世に出したいと思った、先代は手元に残っていた『傀儡舞』を利用して、娘の人格をコピーした。]

 そこまで言うと回天堂は一息つく。

[でも『傀儡舞』でコピーした人格を娘とは別の存在にする必要があった。]

 彼女が息を呑む音が響く。

[そのために、外で別人として生活するための人型思考駆体AUTO-MUTTON。 それがあなたなんです。]

 事実を告げられた彼女は固まっていた。

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