第4話 大切なもの


私の名前は瀬口雪乃っていう。

場面緘黙症の部分があって...今は保健室と教室を活用して登校している。

私が話せる人は夏花、そして孝くん、それから...家族。

それだけしか話せない。

学校では紙に書いて意思疎通をしている。


こんな自分が疎ましく感じて自殺しようって思った。

丁度...川の中に入ろうとした所で助けられた。

それは夏花に。

孝くんと再会する3週間前の話だ。

あれほど夏花が怒ったのはこの時が初めてだった。


それから私は生きる事を決意した。

そして...その事件の3週間後に孝くんと再会した。

そうして今に至っている。


因みに自殺しようとした事は孝くんは知らない。

話したくない。

夏花にも話しているけど。


「雪乃」

「...?...何?孝くん」

「いや。いつも有難うな。お前と夏花のお陰で楽しいよ。人生が」

「...」


私は何もしてない。

そう言い掛けてそのままその言葉を唾と一緒に飲み込む。

それから私は満面の笑顔で孝くんを見る。

孝くんは柔和な表情で私を見る。


その孝くんを見ていて最近、思った事がある。

それは孝くんと一緒に居ると心臓がビックリする事がある。

何なのかさっぱり分からないけど。

だけどとても心臓がビックリして全身がかぁっと熱くなる。


この症状が何なのか分からない。

病院に行っても分からないとは思う。

それだけしか症状が無いから。


「孝くんはいつもそんな感じだよね」

「何が?」

「小さな事でも感謝する。それは...私には真似出来ない」

「...そうかな。当たり前の事を思っている、口に出しているだけだよ」

「それが凄いよ。私は...私なんか」

「...馬鹿か。雪乃」


私の額を弾く。

それから私は><という目をしてから孝くんを見る。

孝くんは私を見ながら真剣な顔をする。

膝を曲げて目線を合わせてくる。


「雪乃。雪乃は卑下する事は何もない。お前はお前なりに頑張っているんだから」

「...だけど私は...最悪だよ。...最悪だから」

「どこが?具体的には分からない」

「...」


こういう所が。

私は大好きなのだ。

昔から...そう。

あの時、4人で誓ったあの時から私は私。

この人が大好きなのだ。


「優しいね。孝くん」

「優しいだけが取り柄だからな」

「...うん」

「...もう大丈夫だな?マイナスに考えてないな?」

「...うん。大丈夫。保健室に行くね」


午前中だけ教室で出席した。

それから午後は保健室に向かう。

その足取りは先程より遥かに軽いものになっていた。

何でこんなに軽いのかは分からないけど。

だけどとても軽かった。



良かった。

何が良かったかって雪乃が悩んでいる様だったから孝がその背中を押す姿を見ながら私は教室に先に帰ってから雪乃を思う。


雪乃は...私にとっても孝にとっても大切な友人である。

だからこそこうして接するのも大切な事だ。

私は移動教室の中で孝を見ていた。

雪乃は...1人じゃ生きられない。

考えているとチャイムが鳴る。


「戻るか。夏花」

「うん。そうだね孝」

「相変わらずお熱いな」

「俺はそういう系じゃないぞ」


孝と渋沢君が話をしながらやって来る。

私はその顔を見てから立ち上がる。

それから視聴覚室を出る。

そして歩き出した。

すると渋沢君が孝に聞いた。


「少しは良くなったか?雪乃ちゃんの様子は」

「...そうだなぁ。場面緘黙症は相変わらずだけど何だかお前を恐れなくなったな」

「...ああ。そうなんだな。嬉しいな。チャラいし」

「それ止めたら良いじゃねーかよ」

「俺は個性だ」

「芸術は爆発だ、みたいに言うな」


私は傍で聞きながらクスクス笑う。

それから教室に戻って来る。

そして忘れ物をしたのに気が付いた。

とても大切なものを。


「?...どうした?夏花」

「あ、うん。大切な忘れ物。取って来るね」


それから私は駆け出して行く。

それは雪乃とお揃いのシャーペンだ。

仲直りの時に買ったものだ。


あの時の。

とてもとても大切なものである。

ダッシュで取りに向かって視聴覚室に入るとそこに女子生徒が居た。

そのシャーペンを手に取っている。


「あ、それ」

「?...あ。貴方の?これ」

「...はい。有難う御座います」


そして私はお姫様の様なその女子生徒から...あ。

この人は先輩だ。

何故分かったかっていえば胸のラインが違う。

イケナイ。


「先輩。有難う御座います」

「...貴方、矢部山...その。矢部山夏花さん?」

「あ、はい。...どこかでお会いしましたか?」

「...いや。会った事は無いよ。だけど...知ってる。運動が得意で大会にも出ているよね」

「...あの。もしかして先輩は森山佳津(もりやまかず)さんですか?」

「良く知ってるね」

「知ってます。学年成績でとても優秀な方ですよね」


私は壁に貼られていた成績表を見て思い出す。

それ以外にも。

まあそれにしても記憶力だけは。

というか人の名前を覚える記憶力だけは半端じゃない。

人より覚えれると思う。


「いつも成績優秀なの羨ましいです」

「有難う。だけど成績だけじゃ何の役にも立たないから。でも有難う。...そんな事を褒められたのは初めて。探している...あの人以来だね」

「...え?」

「あ、何でもないよ。こっちの話。じゃあね」


それから用事が済んでいたのか森山先輩は手を振ってから去って行く。

私は手の中に入っているその仲直りの印の少し子供っぽい柄のス○ーピーのシャーペンを見ながら時計を見てからハッとする。

そして大慌てで本気でダッシュしてから教室に戻る。

それにしてもさっきの言葉はなんだったのだろうか、と思ったが。

次第に忘れるよね、とあまり気にしなかった。

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