第3話 深い仲なのに。どうして?



 男子女子問わず。向けられたたくさんの視線がチクチク刺さる。そこから感じるのは冷ややかな感情。初対面の人たちにしては、あまりにも冷たい目。背筋どころが、足が凍りついて動かなくなる気がする。


 なんで俺に? 俺、何かした? いやいや、何も思い当たることなんて……。

 何にもわからなくて、俺の顔は相当ひきつっていたと思う。



「やっと、やっと! ちゃんと会えたわね! 陽翔!」

「陽翔くん。私たち、すごく探したんだよ」



 二つの声がするとまるで自動ドアのようにサッと道が開き、人だかりに埋もれていた二人の女子がランウェイを歩くかのように出てきた。



「あー……? えっと……見覚えがあるような、ないような……。いや、ある? どちら様?」



 急に距離を縮められて思わず足を一歩引く。よかった、身体は動く。

 それにしても見たことのあるようなないような女子二人。同じような顔をしているけど、髪の長さが違う二人。

 その姿は記憶にあるようで、ないような……。



「ひっど! 朝のこと、もう忘れたの? あたしたちを置いていったの、忘れないでよね!」

「もう、ずっと待っていたのに酷いよ」

「朝? 朝、朝……あ、駅にいた人?」



 記憶を辿って思い出した。

 今朝、目の前にあるような人だかりが駅でもあった。その中心には、女の子二人がいた。

 今目の前の二人は、突然俺に迫ってきた、あの彼女たちだ。



「そうよ! 駅で待ってたのに、無視なんて酷すぎるじゃない!」



 腑に落ちたけど、こんなに人前で何度も「酷い」と言われるほど、酷いことをしたわけじゃないはずだ。

 だって二人のことを俺は知らない。だからといって、「人違い」と言ったのが不味かったのだろうか。そんなはずはないと思うんだけど。



「あれあれ? 陽翔の知り合いじゃないの? 二人とも、陽翔と深い仲だって言ってるけど?」



 いつの間にか、ひょっこり夕もやって来て言うので、首がとれるんじゃないかってぐらい俺は首をぶんぶんと横に振った。すると夕は「そーなんだ」と興味ありそうでないような、適当すぎる反応をする。

 だが、当人たちは違う。



「酷い……陽翔くん、酷いよ……」



 否定した途端に、長い髪の子が顔を両手で覆って泣き始めてしまった。



「陽翔! なんでそんなこと言うのよ!」



 その隣で今度は短髪の子が慰めるように背中をさすってあげながら、俺に怒りをぶつけてくる。



「わかんなくてもさ、陽翔。女の子を泣かすのはよくねえよ。あっちからもすげえブーイングされてっぞ」



 夕があっち、と親指で示した先はあの人だかり。全員からの冷たい視線からは、怒りが伝わってくる。今にも包丁持って走ってきそうなほどの圧がある。

 待ってよ、急に責められて怒られて泣きたいのはこっちだって。泣いていいかな、いいよね?



「待って、俺、本当に知らないんだって。確かに朝見かけたのを忘れてたけど、それ以上のことはなにも。深い仲だって言われてもわかんないんだって。だって俺は――」



 弁解を試みた時、都合悪くチャイムが鳴った。

 その音でブーイングを送って来た集団はしぶしぶ解散していくけど、舌打ちやあっかんべー、親指を下にしたり。散々な反応を送ってきた。



「あ、時間になっちゃった。教室に戻らないと」



 人が少なくなっていったあと、泣いていたはずの子が顔を上げた。そこに涙の跡は一切ない……嘘泣きか。演技がうますぎだよ。



「陽翔のバーカ、バーカ! 女たらし! 後で見てなさいよ!」

「陽翔くん。またね」



 二人はそれぞれ教室へと向かっていく。途中で見失ってどのクラスなのかは見なかった。他にも廊下にいた人たちも、さすがに学校初日なだけあって教室の中へと入っていく。

 そうして廊下に残ったのは俺と夕だけとなった。



「なあ、もっかい聞くけどさ。陽翔とあの二人ってどういう関係なんだ?」

「……こっちが聞きたいよ。本当に俺、覚えがないんだって。さっき言いかけたけど、俺さ、小さいころに事故に遭ってから記憶障害っていうの? 結構色々と忘れがちなんだよ。だから昔の知り合いだったら尚更わかんないって言おうとしたら、どっかいった……」

「そうか。ま、ドンマイ! 女は怖いってドラマで言ってたぞ」

「ビビらせないで。俺、泣きそう」

「あはははは」



 慰めてくれているのか、労わってくれているのか。夕は豪快に笑って俺の背中を叩く。



「おい、そこ! 早く自分の教室に行きなさい! 遅刻扱いになるぞ」



 これからホームルームを始めようと受け持つクラスへ向かう教師に見つかり、大きな声で言われ、俺たち二人も四組へと戻る。

 するともう、みんな席についていて、担任もすでに来ていたので、俺たちはすぐ目立つ存在となってしまったのは言うまでもない。



「そこ二人、次からは遅刻にしますので今後は遅れないように」



 担任であろう先生が言う。

 申し訳なくて、ただ頷いて返事を返した。



「はい、では改めておはようございます。私が一年四組を担当します、小林です。よろしくお願いします」



 小林先生は見た目年齢、四十そこら。弱々しい細身の男性教師。

 体育担当教師ではないことは確かだ。



「それではまず、皆さんも自己紹介から始めましょう。名前の順でこちらからどうぞ」



 先生の指示により、あいうえお順でクラスメイトたちが次々と名乗っていく。立ち上がって名前と入りたい部活や好きなことなど簡単な自己紹介をして拍手をされて座って。順調に進んでいき、俺の番となる。



「坂巻陽翔です。部活は……まだ決めてません。好きなこと……も特には。これから見つけられたらと思います。よろしくお願いします」



 それだけ。激しい運動はまだ医者の許可が出ないからできないし、かといって文化部も何があるのかすらわからないし。あんまりにも俺の情報がなくて申し訳ない。ついさっきの出来事のせいで、ルンルンに自己紹介できるほどの気力がないんだ。気持ちをすぐに切り替えられればいいんだけど、せめて一日ぐらいあれば記憶があやふやになるんだけど。

 言って座った途端、隣の夕は「名前しかねぇじゃん」と突っ込みを入れたことであちこちで笑いが起きたから安心した。



「ちょっと恥ずかしいんだけど」

「いいじゃねえか。これで覚えてもらえるってもんだし」

「そういうものかなあ?」

「そういうもんだっ!」



 夕の順番までまだ先。順番になったら茶化してやろう。

 だが、それよりも先に茶化されるのは俺だった。

 名前の順で俺の次の人。一番前の席に座っていた人が立ち上がって振り返る。

 長い髪。大きく丸い眼が真っ直ぐに俺を見ている。

 いや、嘘だろう、嘘だと言ってくれ。

 同じクラスにさっきのあのわけわからない二人の片割れがいるわけ――



桜井さくらい波音なみねです。手芸部とか入りたいですけど、まだ決めかねてます。好きな人は坂巻陽翔くんです」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

桜井姉妹が迫ってくる理由を俺は知らない。 夏木 @0_AR

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画