第2話 賑やかなクラスメイト
初日だというのに、学校へ着いた時には遅刻ギリギリ……なんてことにはならずに済んだ。
今は八時二十分。一応朝のホームルームは八時四十分から始まるみたいだから、今はちょうど大勢の生徒が登校する時間帯でもある。
多分、今歩いている生徒は新入生だ。俺を含め、制服に着られているような人ばかり。友達もいないから、ただただ流れに沿って歩いているし。
越川高校の正門には、先生が立っていて「下駄箱はこの先だぞ」と挨拶と案内を兼ねていた。
改築し、歴史がありつつも近代的な学び舎は、下駄箱のある所から吹き抜けになっており、さらに一面ガラス張りなので日の光が当たってとても明るい。
そんな校舎へ入っていき、上履きに履き替えて、俺のクラスである一年四組の教室に向かう。
教室は一番上の四階。もちろんエレベーターもエスカレーターもないから、階段だけど体力のない俺には中々疲れる。
「もうちょっと運動しとけばよかった……」
医者から激しい運動は禁止されているから仕方ないところもあるけど、後悔がぼろっと出てしまった。
誰も聞いていなかったからよかった。
膝が笑い始めながらも四階の教室へ。もう廊下にはおしゃべりに花を咲かせる女子が沢山。すぐに友達を作れる人は本当に尊敬する。
「えっと、席はっと……」
教室の黒板に小さな座席表が貼ってあった。
四十人のクラス。出席番号と名前が一緒に書かれているそれから、自分の名前を探して座る。
俺は廊下側から三列目の一番後ろの席みたいだ。教室全体を見ることができて、いい席だ。
自分の席に荷物を置いて、座るとすぐ隣の席の男子生徒が話しかけてきた。
「一年間、よろしくな。俺、
「ハルトだよ。よろしく。戸張、くん?」
「陽翔な。覚えた! そんな距離感あるやつやめてくれよ。夕って呼んでくれ」
「わかった。夕」
髪の毛を逆立てて固めている夕は、まだ朝だというのに最初からかなりエネルギッシュ。まだ少し肌寒いぐらいなのに、彼はすでにワイシャツだけだし、腕まくりをしている。ニットとかブレザーも着ていない。
しっかり着込んできた俺と正反対だ。
これから入学式あるけど、ネクタイとか持ってきてるんだろうか。
「夕、寒くないの?」
「全然っ! 俺、こう見えて体温高いからな!」
「そ、そうなんだ。でも、入学式はネクタイとかしないとでしょ?」
子供体温かな、と思ったことは心のうちに秘めて置く。
「そうらしいよな。持ってきてはいるけど、つけたくねえー。あれ、首絞めるじゃん。中学は学ランだったからいいけど、どうもネクタイって苦手」
「確かに。俺も慣れないよ。だから緩めにしてる」
他愛のない会話をしたのち、夕は話を振ってくる。
「あ、そういえばさ。さっき話題になってたんだけどさ。陽翔って、『なみうみ』って知ってる?」
「なみうみ? 何それ?」
知らない単語を繰り返す。
「俺もさっき教えてもらったんだけどさ、『なみ』と『うみ』って名前の双子コスプレイヤー? なんだって。ちょいちょいイベントとか、動画配信とかもしてるらしい」
「へえ……コスプレ。そういうの見ないからなあ。でも、何で今それが話題に?」
「それがさ! どうやら二人とも、
夕は興奮したように言う。
「有名なコスプレイヤーってことは、可愛いんだろ!? めちゃくちゃ楽しみじゃね! ちょっと、探しに行こうぜ、陽翔!」
「え、ちょ、ま……俺は別に興味は――」
まだ席についてからものの数分。階段上った疲れがなくなるよりも先に、夕が俺の腕を引っ張って立たせる。そしてそのまま、教室を出る。
夕の勢いに負けてついていく。
一年の教室が並ぶ階なんてたかが知れている。だって、全部で八クラス。そのうち六組までが四階で、残りが三階に教室がある。どのクラスなのか分かっているのだろうか。
四組の教室を出て左へ。そっちには三組までが並んでいるんだけども。
平均的な身長の俺よりも低い夕に連れられている様子は、廊下を歩く人たちの注目の的になってしまった。
「夕? かなり見られているんだけど。こっちのクラスなの?」
「見られて困ることもないだろ。クラスなんて知らねえよ? 賑やかそうな方に来た! 有名なら賑やかになるだろうし」
うん、駄目だ。夕は野生的すぎる。
直感で動いていくより、もっと調べるなり、廊下で待機するなりすればいいのに。
「誰かに聞いた方が早くない? 俺はいないけど、夕の知り合いとか……。あとクラス分け表もらったんだし、あれを見ればクラス分かるんじゃない?」
「そんなのもらったっけ?」
「学校から届いた資料の中に入ってたよ、多分。あれ? なかったっけ?」
「知らねえ! ま、あればあとで見るとして……あ、あそこらへんが怪しいぞ! ちょっと行ってくる!」
バッと急に夕は手を放して、人が十人ちょっと集まっている廊下の突き当りに走っていく。小柄なのと勢いを活かして、人と人との間を抜けていく。
行動力がありすぎる。残った俺は何をしていればいいんだか。
ひとまず夕が戻ってくるのを、少し離れたところで待つことにした。
人だかりは全然捌けない。むしろどんどん増えている気がする。集まっているのはおそらく同級生だろうけど、初日から何を目的にあんなに集まることがあるのだろう。何かの派閥? 兄貴からはスクールカーストなんてものはないって聞いてたけど、できたのだろうか。女子には派閥ができるって言うのは兄貴がよく言っていたなあ。「お前は誰にでも手を貸しちゃうんだから、それで恨まれないよう気をつけろ」ってことも言ってた。
その意味はよくわかんないけどさ。
まだ初日。派閥もカーストもあくまでも俺の想像。
そんなものはないっていう兄貴の言葉を信じることにしておこう。
もしカーストなんてものがあっても、どうにかなるだろうし。うん、生きてればどうにでもなる。今までもそうだったし。為せば成る。
「おーい! 陽翔!」
「ん? どうし……え?」
呼ばれて顔を上げたら、人だかりの奥からぴょんぴょんと手を上げて跳ねる夕が見えた。
それだけだったならまだいい。
集まっていた人たちの眼が、みんな揃って俺を見ているのはどういうこと?
「あれが坂巻陽翔。間違いないって、本物本物」
夕が誰かに俺を紹介している。一体誰に――?
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