桜井姉妹が迫ってくる理由を俺は知らない。

夏木

第1話 春。双子と邂逅


「いってきまーす」



 玄関から大きな声で言うと、ひょっこりとキッチンの方から顔を出した兄貴が涙ながらに「いってらっしゃ~い、気をつけてね」と手を振ってきた。

 親ではなく兄。さらに言えばもう俺は高校生になる。気恥ずかしさで、声とほぼ同時に家を出た。


 天気は快晴。

 どんどん進めと言わんばかりの青が広がる空に、自然と足取りが軽くなる。

 理由は明確だ。今日が高校生活初日なのだ。新しい制服、新しい学校、新しい生活。ワクワクしすぎて顔がニヤける。


 学校は電車で三駅登った先の越川こしかわ駅が最寄り駅。そこからさらに徒歩十数分かかったところの、越川高校だ。

 共学の一般的な公立高校。文武両道をかかげるごく普通の学校を選んだ理由は、特段目立つ人もいなさそうに見えたから。あと、兄貴の母校でもあるからある程度行事とか授業の流れとか雰囲気が分かるからってことだけ。

 これと言って何がしたいとか、やりたいってことはないから、これから見つけられたらいいなとは思う。


 通学手段は電車。中学校は自転車通学だったし、これが初めての電車通学だ。ひとまず家の最寄りの日部ひべ駅までは歩いて向かう。


 日部駅までは大通りに出てから左に曲がってまっすぐ。大通りには俺と同じく、制服を着た学生から、きっちりとしたスーツ姿の大人まで多くの人が歩いていて、どんどん駅に吸い込まれていく。その流れに乗ってそのまま改札へと向かう……はずが、ちょっとおかしな人だかりでスピードが落ちる。

 まっすぐな列ではなく、まるで何かを避けるように流れが曲がっている。

 俺も他の人と同じく、避けるようにして通りつつ、横目で何があるのかと一瞬見てみれば、その中心には二人の女子高生がいた。



「だーかーらっ! 駅で待つより直接家に行ったほうが良いって言ったじゃん! 波音なみねが待つって言うから待ったのに、来ないじゃん!」

「しーっ。声が大きいよ、海音うみね。みんなが見てるってば。だって突然家に押しかけるなんて、怪しまれるでしょ」

「でも!」



 どうやら言い争っているらしい。

 それで人だかりができるって、かなり揉めてるのかもしれない。

 そんな揉め事には首を突っ込まないに限る。

 スッと通りぬけようとしたとき、気がかりな発言を聞いた。



陽翔はると、もう行っちゃったんじゃないの? 入学式だし、早く行くかもしんないじゃん」

「でも、お姉ちゃんがこの時間だって聞いたみたいだし。界人かいとくんに聞いたって。お兄さんの話なら間違ってないはずだよ」




 挙げられた名前。

 陽翔と界人。これは俺と兄貴の名前だ。

 偶然の一致? まさかそんなことは……。

 ふと足を止めて、言い争う二人の姿を人混みの隙間から覗いた。



 そこにいたのは双子であろう、瓜二つの女子高生二人。

 少し言葉遣いが荒いセミロングの子と、それをなだめるおとなし目な長髪の子。

 二人とも目が大きく、身体は細い。人が集まってもおかしくないし、モデルと言ってもおかしくないぐらいだ。

 そんな二人が着ている制服は、紺のブレザーと赤いリボンが特長の越川高校のもの。


 先輩かはたまた同級生になる人だろうか。

 俺の記憶にはこんな目立つ知り合いはいない。

 聞こえた名前も聞き間違いだ。とりあえず学校に向かおうと駅の方へと振り返る。

 すると。



「ああーっ! 見つけた! いたよ、波音!」

「ええっ? 本当に?」



 よかったな、探し人が見つかって。

 そう思ったのも束の間、俺の左腕がひっぱられた。


 どういうことだ。

 足を止めて、手を引く相手を確認する。それは先ほどの同じ顔が二つあった。



「見つけたわよ、坂巻さかまき陽翔はると! 今回は逃さないんだから!」

「え? 俺?」



 短髪の子が言った名前は、まさに俺の名前。



「そ、そうだよ。陽翔くん。私たち、ずっと探してたんだから」



 長髪の子も俺の名前を呼んで、空いていた右手を掴まれる。

 左右に並ぶ、覚えのない同じ顔。

 さっきまで出来ていた人だかりの目が、今度は俺に向けられる。



「ちょっと、陽翔。聞いてるの? 今まで雲隠れして! 何か言いなさいよ」

「わ、私たち心配したんだよ?」



 大きい目が俺を見る。

 ここで俺に出来る行動は限られている。

 ひとつ、人間違いであることを伝えて去る。

 ふたつ、無言で去る。

 みっつ、二人の言葉に便乗する。


 さて、どのアクションをとるか。

 もう電車に乗らないと遅刻してしまう。初日から、二度とない入学式に遅刻なんてしたくない。

 となれば、何をするかなんて決まっているようなものだけど。



「人間違いですッ! 学校行くんで失礼しまーすッ!」



 二人に掴まれていた手は、思いっきり引くとすぐ抜けられた。

 彼女たちが呆気に取られている隙に、改札へと猛ダッシュ。

 別に運動部でもなんでもなかったけど、隙をついたことと人混みがあることで、二人を突き放して改札をくぐり抜ける。



「持ちなさいよ!」



 後ろから二人は追いかけてくる。けれど、階段を駆け上がったりするのにはあまりにも体力がないようで途中で足が止まっていた。

 俺がホームについた途端に電車の発車アナウンスが響いていて、ギリギリ駆け込み乗車することができた。しかし、二人は乗車することは出来ず、駅に取り残されたのが確認できた。



「――駆け込み乗車は、ご遠慮ください」



 そんな車内アナウンスは、明らかに俺に向けたもの。分かってるさ、それくらい。

 今後しないから、と胸の中で約束をしてひとまず息をついた。

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