超長距離星洋開拓計画T.D.O.K.

武井稲介

第1話

 超長距離星洋開拓計画『T.D.O.K』。

 名前の通り計画の絵を描いたのは私であるとはいえ、実際に宇宙飛行士として航行することになるとは夢にも思わなかった。

 計画立案をする以前、宇宙飛行士というのは技術者や研究者のような専門職が就くものとばかり思っていたくらいだ。だが、知識や技術とは別に、宇宙飛行士には確かに適性の有無がある。特に、今回のような数百年という時間をかけた開拓計画においては重要なことだ。

 宇宙飛行士の資質。それは、人間関係のトラブル、特に恋愛トラブルを起こさないことだ。


 冷凍睡眠から目覚めた私は、最初にそんなことを思い返していた。

 艦内で表示されるモニタで、今の地球年月を確認する。

 西暦2224年……。私は、二百年ほど眠りに就いていたことになる。

 冷凍睡眠二百年……。これは、想定外の事態だった。

 五百年ほど眠り続ける予定だった。想定の半分以下の期間で目覚めてしまうのは、明確な異常事態。

 トドオカ計画に、不具合が生じていることになる。

 私は、ゆっくりと身体を起こして、冷凍ポッドから外に出た。最新の……といっても二百年前のものだが……冷凍睡眠技術は、解凍直後に問題なく動けるのだから本当に大したものだ。

 取りあえず、食料庫に向かって水を飲み、ゲル状で保存されている食料を口に運ぶ。水も食料も貴重なので、航行期間の大部分は冷凍睡眠で過ごすつもりだったのだが、トラブルが起きたというのならば仕方がない。すぐに事態を解決して、眠りに就くとしよう。

 二百年ぶりの水が身体に染み渡っていくのを感じていると、背後に何か動くものの気配を感じて振り返った。

「誰かいるんか?」

「あ、どーも……。トドオカ艦長」

 おずおずと、ショートカットの女性が片手を挙げてきた。見慣れた顔に、ほっと胸を撫で下ろす。

「武井。貴様も目覚めたんやな」

「はい。つい先ほど目覚めたばかりっす」

「二百年ぶりやな」

 武井は、四人のクルーで唯一の女性だ。元の仕事は植物学者で、上役に対してはっきりと物を言う姿勢が気に入っている。計画時点では、トラブル防止にクルーの性別は全員統一したほうがいいと考えていたところだが、武井の人格ならばトラブルにならないと判断したという経緯があった。

 残る二人のクルー、ニトセンとピノコは無事だろうか。

「私たちの状況について、何かわかっていることはあるか? 武井」

「すんません。私もまだ……」

「ほな、調べてみなあかんな」

 私は水のペットボトルの蓋を閉めて、息をつく。

「可能な限り迅速にトラブルを解決して眠りに就こう。なにしろ、私たちの役目には地球の命運がかかっているんや」

 地球という星に明確に『期限』が生まれた二百年前、最初の時点でその事実を充分に理解していたのは一部の学者だけだった。

 計算上、西暦4500年に大型隕石が地球に落下し、青い星を打ち砕く。それによって生じた粉塵は地球を覆い、太陽の熱を遮断し、我々に氷点下の絶滅を強いる。

 当時の計算では、隕石が衝突する確率は九割を超えるとされた。

 人類は、地球から脱出するしかない。そして、脱出するためには、新しい大地が必要だ。

 そのためには、2500年というリミットはあまりにも短い。

 こうして国をまたいだ星洋開拓計画トドオカが発足した。我々の目的は五百年の航行の先にあるはずの、居住候補地のテラフォーミングだ。

 もちろん、クルー四人だけでテラフォーミングができるはずもない。だから、この艦にはジャガイモをはじめ複数の耕作物の種子、それに数百人の人間の精子と卵子が積載されている。現地で子供を育てて、開拓職員とする手はずだ。

 計画が順調に進み、テラフォーミングが成功したら地球から移住者が来る手はずになっている。なんらかの理由で移住チームがこられなかったとしても、最低限の人数がいればホモサピエンスの絶滅は回避できる。

 従来ならば、人類の卵子と精子を冷凍し宇宙に打ち上げ、最初の入植者とすることなど倫理的に許されなかっただろう。だが、たった2500年先に迫った破滅という材料がなんとか各国の世論と政府を納得させた。

 あの頃、説得の過程で私は『人でなし』『人の心がない』と散々罵られたのも今となっては懐かしい話だ。

「艦長」

 突然武井に名前を呼ばれて、私ははっと考え事から引き戻された。

「オペレーションルーム、入りますよ」

「ああ……すまんな。気を引き締めていこう」

 何か異常が起きているとしたら、オペレーションルームの可能性は高い。慎重に扉をあけると、そこには緑色の草が繁茂していた。

 すぐに扉を閉める。

 何があったのか、受け止めるのに時間がかかった。

 何が起きたら、オペレーションルームに植物が繁茂する? 青々した葉が茂って、扉が途中でつかえてしまったくらいだ。

 土もないはずなのに? そんなことがあるか?

「艦長……?」

「すまん、武井。ちょっと戻るぞ」

 急いで踵を返して、食料庫に向かう。小柄な武井は、走って追いかけてきた。

「もう!! 艦長、どうしたんですか」

「見ろ、武井。食料が減りすぎだ」

 さっき水を飲んだ時に気付くべきだった。ライフラインに異常が発生しているのに気付かないなんて、どうかしていた。

 冷凍睡眠中は、最低限の流動食しか消費しない。だが、食料庫では経口摂取用の水と食料が大幅に減っている。それも、一年や二年ではない。もっと、長大な期間の……。

「武井。落ちついて聞いてくれや」

 私は、深呼吸をして切り出した。

「この艦の中に、クルー以外の誰かが住み着いておる……異常っちゅうんは、それで間違いないな」

「私たち以外の?」

 武井は、目をしばたたく。

「どういうことですか。詳しく教えてくださいよ」

「食料が減っているだけで自明やろ。第三者が住み着いて飯を食っているんや。オペレーションルームの草は思い返せばジャガイモやな。このペースではいつか食糧が尽きることを察して農業を始めたんやと思う。そう考えると知能がある相手やな。最低でも未来のことを考えることができて、農耕もできる」

 並みの人類でも艦内の限られた環境で農業はできない。ホモサピエンスのアベレージよりは知能が高い。

 あるいは指導者がいるか。

「でも、そんなの……航行中の艦に入るなんてできませんよ。その時点で異常を察知するはずです」

 武井は不可解だ、と言いたげに表情を曇らせた。

「それとも、艦長、エイリアンが住み着いたとでもいうんですか? 地球から二百年も離れているこの艦に侵入できるとしたら……」

 ひゅっと風切り音が聞こえたので、身体を捻って直撃を避けた。この時だけは、冷凍睡眠技術の向上に心から感謝した。冷凍技術が低かったら、私はここで死んでいた。

「ついに馬脚を現したな、武井……いや、武井じゃないんだったな」

「始祖から言い伝えられていますよ、トドオカさんは機械みたいに冷徹で、人の心がなくって、計算と理論でしか物事を考える魔物なんだって」

 武井ではなかった女は、ナイフを油断なく構えている。

 仮に、私が女性に強い興味があったなら、彼女が武井でないことはすぐにわかったのだろう。

 残念なことかもしれないが、仮に私が女性に強い興味があったのなら、トドオカ計画を立てることはできなかっただろう。

「始祖からの伝言を伝えます。『トドオカ計画は欠陥だった』『いくら冷凍睡眠でも五百年も暗闇の旅をすることに、人は耐えられない』『ほとんどの人はトドオカさんほど強くない』以上です」

「なるほどな」

 私はため息をついて、そのまま女の心臓を抜き取った。

「だが、特に感想はないな」

 女は、私の手で脈動する心臓を信じられないものを見るような目で見つめて、それからどう、と倒れた。

 無機質な宇宙船の床に、血液が広がっていく。

 宇宙では貴重な水分だが、どうすることもできない。

 私はそのまま踵を返して食料庫を出て、扉越しに私達の様子を観察していた二人の男の首をへし折った。

 かつて南アジアで民間軍事組織にいた頃の経験が、まさか宇宙で生きるとは。

 その後、私は黙々と艦内に寄生していた人間を殺害していった。女児を殺す時は残念だったが、仕方がなかった。この艦では、開拓先まで彼らを連れていくことはできない。食料も足りないし、冷凍ポッドも当初のクルーのぶんしかない。妊娠可能な女性がいれば当初のプランより人類の繁殖速度が上がるのに、ここで殺さないといけないのはとても心苦しい。

 艦内に第三者がいたのは、予め積載していた精子と卵子から生まれた人間か、その子孫だ。

 二百年の間に何があったのかは定かではない。だが、予想することはできる。

 最初の女は武井に似ていたからきっと血縁者だ。だからきっと始まりは武井なのだろう。

 彼女は数百年にわたる宇宙航行に耐えられなかったのだ。理屈としては理解できる。冷凍しているとはいえ、五百年もの期間を宇宙の闇で過ごし、旅を終えても先にあるのは見知らぬ土地での開拓作業をおこない、しかも地球に帰ることはできない。一度は覚悟を決めても、その後は絶望に苛まれる人が生じるのは、想定できていた。

 武井は冷凍睡眠を解除し、精子と卵子から子供を作って狭い宇宙船の中でコミュニティを築いた。ジャガイモの繁茂も、きっと彼女の指導によるものなのだろう。

 そんなことをしても意味がない。計画の大部分を冷凍睡眠で送る予定だったため、目覚めていては到底資源が足りない。

 しかし、それでも目の前の絶望に耐えられない人がいることはわかる。

 だが、厳選したクルーの中から生まれるのは意外だった。

 まあ、いい。

 どちらでもいい。

 私は手を尽くした。その上で、人類が愚かな行動をするのを止めることはできない。

 積み重なった遺体を見て、私はため息をついた。

 これだけの水分とタンパク質を捨てるになるのはとても悲しいことだ。かつて軍事会社にいた頃、干し肉の作り方を教えてもらったことはあったが流石に数百年の眠りに耐える干し肉を作るのは無理だ。

 私は、再び冷凍ポッドで永い眠りに戻った。

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