巫女アイドル詣ります

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巫女アイドル詣ります

「どっちにしようかな?天の神様の言う通り」

 優柔不断な私は、些細な事でも神頼みにしてしまう悪い癖がある。


 もちろん神様の存在なんか信じていなかったんだけど、私が出会ってしまった神様はちっさいおじさんの姿をしていた。

 私の名前は神崎魅入かんざきみいる、15歳の中学3年生。

 年頃的には青春真っ只中なんだろうけど、ネガティブで人見知りなので当然友達などいない…青春何それ?といったところかな。

 イジメられたらソッコーで引きこもる自信がある。

 幸いな事に陰湿なイジメのない中学校なので、無事に通えている現状だ。

 弱者に優しい現在の風潮には本当に感謝している。

 そんな私だけどアイドル全盛期の今、なぜか大好きなのは時代劇である。

 悪者に追い込まれて行く弱者を正義のヒーローが救う。

 勧善懲悪…悪いヤツは懲らしめられる…なんてわかりやすい構図なの。

 戦国時代劇も大好物で、群雄割拠のヒリヒリする勢力争いに大興奮してしまう。

 そう言えば、アイドルもトップから地下まで群雄割拠の戦国時代らしい…アイドルって武士だったんだ。


 時代劇好きな私が何故アイドルにも関心があるのかというと、3歳違いのお姉ちゃんが人気アイドルグループに所属していたからだ。

 お姉ちゃんは、私とは全てにおいて正反対の存在で明るくて社交的、妹の私から見てもうっとりするほどカワイイ。

 そんなお姉ちゃんが人気グループの中でも頭角を現すのは必然で、アッと言う間にセンターを任されていた。

 アイドル戦国時代を制覇する勢いだったお姉ちゃんの雰囲気が変わってしまったのは、人気グループを卒業すると発表したあたりからだったと思う。

 部屋に閉じこもって塞ぎ込む事が多くなり、明るかったお姉ちゃんの面影がなくなってしまった。


 一度だけ勇気を振り絞ってお姉ちゃんの部屋に行ったら、自分の名前の入った推しタオルを頭から被ってブツブツ呟いていた。

「お姉ちゃん大丈夫?」

 恐る恐る声をかけると、お姉ちゃんがスクッと立ち上がって私の瞳を覗き込む。

「お、お姉ちゃん…?」

 頭から被っていた推しタオルを私の首にかけると、

「魅入に託す。大事にしてね」

 私の知っている、優しいお姉ちゃんの顔がそこにはあった。

 私の記憶のお姉ちゃんは、その優しい笑顔が最後になってしまう。

 翌日、お姉ちゃんはクローゼットの中で変わり果てた姿で発見される。

 机に置かれた遺書には、『アイドルを喰いものにしている芸能界なんて大嫌い!滅びてしまえばいい』との想いが綴られていた。

 今日お姉ちゃんの四十九日の法要が行われて、気持的にも区切りをつけなきゃいけない時期となった。

 お姉ちゃんからもらった推しタオルを床に広げて、黒のゴシック体で大きく書かれた神崎愛入かんざきあいるの4文字を見つめる。

 愛入と魅入、同じ入の文字がある名前を私はとても気に入っていた。

 月とスッポンほどの違いがあるお姉ちゃんと私だったが、とても近くに感じられたからだ。

 自然と涙がこぼれ落ちてしまう。

 いつまでもメソメソしている訳にはいかないと、推しタオルで涙を拭こうとすると妙な違和感を感じた。

 4文字目の【入】のてっぺんの出っぱり部分から、何かが顔を出している。

 ゴミが付いているのかと思って、推しタオルを撫でてみるとその何かは慌てて引っ込んだ。

 ダニ!にしては大きいな…衣類害虫かなと思い、顔を近づけて出っぱり部分を覗き込む。


 小さな扉が開くと、頭の両側に瓢箪をくっつけた飛鳥時代っぽい髪型のちっさいおじさんが顔を出す。

麻呂まろを潰す気か?」

「おじさん、麻呂って名前なの?」

「麻呂は、自分って意味の一人称だ」

「ふ〜ん」

 私が感心していると、ちっさいおじさんは扉に手をかけて出て来た。

「よっこらせ、お前さんが愛入の妹か?」

 縁に腰掛けながら、ちっさいおじさんが話しかけてくる。

「お姉ちゃんのこと知ってるの?」

 私にはちっさいおじさんに対する疑問よりも、お姉ちゃんの名前を知っていた事の方が驚きだった。


「よく知っとるよ。入神イリガミの麻呂を呼び出したのは愛入だからな」

 私は聞き慣れない言葉に思わず問いかける。

「入神って何、守り神みたいなもの?」

「ん〜、合っていると言えば合ってるし、違うと言えば違うかな」

「どっちやねん!」

 私は思わず、ちっさいおじさんにツッコミを入れてしまった。

「入神とは、人の世に入り込んで生死を司る神だ」

 ちっさいおじさんは、なんでもない事の様に言ったが私は顔が青ざめるのを感じる。

「おじさん…死神なの?」

「先の大戦おおいくさで魂を刈り取り過ぎたので休んでいたんだが、アイドル戦国時代なんて見過ごせんワードが聞こえて来たんで、愛入の呼び出しに応じたのだ」

「お姉ちゃん…死神を呼び出したんだ。よっぽど悩んでいたんだね」

「群雄割拠のせめぎ合いこそ、麻呂の真骨頂が発揮出来るからな。戦国の世を束られる推しの逸材だと見込んだんだ」

「お姉ちゃんがアイドルの頂点。そうねそれはアリだよね」

「自分には自信がないくせに、姉の事になると自信満々なんだな」

「私のお姉ちゃんだからね」

 胸を張って私は自慢する。


 入神さんは呆れた様な素振りを見せると、

「似たもの姉妹だな。自分への評価が低く、相手に絶大な自信を持っている。違いは根がポジティブかネガティブかだけだな」

 私の事をお姉ちゃんが、そんな風に見ていたなんて考えたこともなかったので面食らってしまった。

「お姉ちゃんが自慢する事なんて私、何にもないよ?」

「時々、曲を作っては姉に聴かせてたんじゃないか」

 私とお姉ちゃんしか知らない作曲の事を、ちっさいおじさんから指摘されて動揺してしまう。

「それは確かにそうだけど、お姉ちゃんの活動にリスペクトされて無我夢中で作っただけの素人作品だよ」

「愛入はそうは思ってなかった様だぞ。妹の作った曲を歌うために、グループを卒業する決心をしたんだからな」

 そんな話は、お姉ちゃんから聞かされていなかったので初耳だ。

「でも、その頃からお姉ちゃんの様子がおかしくなったんだよ」

「麻呂が、愛入に呼び出されたのもその頃だったな」

 胸元に下げられた翡翠色の勾玉まがたまを握りながら入神さんが言う。


「お姉ちゃんから何か聞いてるの?」

「人の世からしばらく遠ざかっていたから、麻呂の力も弱まっていてな…愛入を守れなかったのは残念でならない」

「それってどういう事?」

 私は食い気味に聞いた。

「愛入が深く悩んでいたのは知っていたが、人の世への干渉力が全然足らんかったので何も調べが進まぬうちに死なせてしまった」

 入神さんが残念そうに言う。

 私の頭の中では、これまでにない凄まじいスピードで思考が回転していた。

「入神さんの力で、お姉ちゃんの自殺の原因を突き止められる?」

「出来なくはないが、入神に頼み事をする以上は魅入にも責務が発生するぞ」

「犯罪じゃなければ何でもやるよ」

「ならば、愛入の代わりにアイドル戦国時代を制覇してもらおう」

 想定外の提案に面食らった私だったが、

「どっちにしようかな?天の神様の言う通り……やるよ!」

 数え唄の癖は形式だけで答えは決まっていた。


「人見知りでネガティブな性格だと、キツいかと思ったがいけるか?」

「お姉ちゃんの自殺の原因がわかるんだったら、私の事なんかどうでもいいよ。なにからやればいい?」

 自分でも、思いがけないほどの勢いで言葉が出て来る。

「まずは入神の力を取り戻す。それには人間に入神の存在を認識させなければならない」

「入神の存在を世間に知ってもらうって事?」

「そういう事になるな。今の時代は便利なモノがあるんだろ?SNSとかいうやつが…」

「神様が姿晒すのはNGとかじゃないの?」


「全然問題ない…麻呂の姿を見ても小人か妖精ぐらいにしか認識しないだろ。むしろ関心は動画が本物か偽物かの方だな、きっと」

「確かにちっさいおじさんを見て、神様に発想行かないよね」

 私は妙に納得してしまった。

「アイドルだった神崎愛入の妹からの投稿だと匂わせた方が良いな。麻呂の動画以外に、姉との2ショットなんかも合わせて載せる様にしてくれ」

「何のため?」

「愛入の関係者に関心を持たせて、入神を認知させる必要がある。それと魅入の存在の売込みも兼ねてな」

 その程度なら問題なかったので、私は早速推しタオルから顔を出すちっさいおじさんの動画を撮ってSNSに上げた。

 フォロワー数も大したことない私のアカウントだと閲覧数も限られていたが、お姉ちゃんの名前のハッシュタグの効果もありジワジワと閲覧の数が増えて行く。


〈なんなんこれ?〉

〈文字からなんか顔出してない〉

〈何かいる〉

〈フェイクだろ?〉

〈昔、こんな映画なかった?〉

〈UMAじゃないのか〉

〈UMAってなんだよ〉

〈未確認動物の事だよ〉

〈ツチノコとか雪男の事か〉

〈それならこれは小人?〉

〈おいおい、信じちゃうのかよ。AIで作ったに決まってんだろ〉

〈出た!AI信奉者〉

〈なんでもAIのせいにすりゃ解決だと思ってる〉

〈こんな動画AI使わなくても撮れるだろ〉

 最初は、予想通り疑惑が強い反応を見せた。


〈この小人が顔を出してるの【入】って文字の先端だよね〉

〈【人】にはなくて【入】にある出っ張りだよね〉

〈出っ張りないと区別出来んだろ〉

〈これって神崎愛入の推しタオルだよね〉

〈神崎愛入ってちょっと前に死んじゃったアイドルだよね〉

〈ワタシ大好きだったのに超ショックだった〉

〈死んじゃったアイドルの推しタオルをフェイク動画に使うなんて冒涜じゃね〉

〈私も同じタオル持ってる〉

〈俺も〉

〈でもこのアカウント、神崎愛入の妹さんのみたいだよ〉

〈確かに姉妹の画像も載せてるね〉

〈なんだ売名か〉

〈閲覧数も結構増えてるね〉

〈そのうちネットニュースで叩かれて消滅するだろ〉

 しばらくすると、UMAそのものよりお姉ちゃんと私との関係性に関心が移った。


 だが、ある1つの投稿によって事態が大きく動き出す。

〈あたしの推しタオルにもいた!〉

 そして慌てて撮ったであろう、前半はピントがブレブレの動画がアップされた。

 落ち着きを取り戻した投稿者の手ブレが収まると、推しタオルの入の文字に扉を開けて腰掛けるちっさいおじさんの姿を映し出す。

 この動画がアップされると、神崎愛入の推しタオルを持っている人達から自分も見たとの投稿が相次いだ。

〈しばらくテーブルの上に置いておいたら、来てくれました〉

〈推しタオル→神棚→キター〉

〈小人さん見てから運気上昇〉

〈UMA捕獲しようとしたら次の日事故った〉

〈このバチ当たり者!〉

 こうなると勝手にあちこちで拡散され、ネットが炎上し始める。

 お姉ちゃんの推しタオルは、すでに販売が終了していたので争奪戦も勃発し、オークションサイトでは価格が高騰した。


 私は、寝そべって推しタオルの上で寛ぐ入神さんに聞く。

「入神さんってたくさんいるの?」

「いや、麻呂だけだ」

「じゃあ、あちこちに移動してるの?」

「便利な時代になったものだな。あっと言う間に認知度が上がったんで、麻呂の力も以前とは比べものにならないほど強くなったわ」

「お姉ちゃんの推しタオルがあれば、どこでも行けるって事なの」

「イヤイヤ、そんなレベルはとうに超越したな。入の文字があればどこでも行けるぞ」

「じゃあ、お姉ちゃんの自殺の件も調べられたの」

「とっくにな」

「お姉ちゃんを追い込んだのは誰なの?」

「直接の原因は、運営会社上層部のグループ卒業を巡る妨害行為だな」

「関わったヤツらの名前を全部教えて」

「お主の大好きな時代劇の敵討ちか…許可出来んな」

「なんでよ?」

「どんなに悪いヤツだろうと、人を殺めては本物のアイドルにはなれんからだ」

 私は唇を噛み締めて下を向いた。

「そうなっては麻呂との約束が反故にされてしまうからな。心配するな、推しの愛入を追い込んだ罰は当然受けさせる」

「わかった…」

「それに問題はそう単純ではなかったぞ。愛入の独立阻止に関してはグループの運営会社や所属事務所、ゼネラルプロデューサーやマネージャーなど広範囲に渡っていて、メディアやメンバーからの間接的な妨害、露骨な嫌がらせや裏切りが確認出来たからな」

「お姉ちゃんをいじめた芸能界なんて壊れてしまえばいいのに!」

 私は、自分でも驚くほどの怒声で叫んだ。

「良いな!その意気。魅入の願い、この入神が叶えよう」

『あれ?私とんでもない願い事しちゃった感じ…まぁ、お姉ちゃんの敵討ちだからいっか』

 少し不安ではあるけども、お姉ちゃんを苦しめたヤツらを許さない決意が私の中で固まる。

「麻呂の力も充分蓄えたし、そろそろアイドル戦国時代の制覇へ向けて動き出すとしよう」

「私は何をすればいい?」

「必要なメンツが揃うまで曲でも作っておいてくれ。麻呂の力が復活したから、推しの魅入の潜在能力も底上げされているはずだ」

「必要なメンツ?」

「入神に仕える巫女軍団だ…頼りになるぞ」


 そんな会話を入神さんとして、しばらくすると突然に都内のオフィスビルに呼び出された。

 ビルのフロア案内を見ると、有名な女性実業家が経営する会社の部課名が連なっている。

 だが、4階だけ【巫女衆】というプレートがはめ込まれていた。

 私が、呼び出されたのは4階だ。

 受付でビジターパスを受け取ると、エレベーターで4階に上がる。

 【巫女衆】と書かれた立派な扉を開けると、巨大なフロアー両側に秀麗な女性たちが整列していた。

 入口に一番近い脇に控えていたのは、テレビや雑誌でよく目にする女性実業家の黒嵜麗くろさきうららさんだ。

 実業家というイメージからかけ離れた明るい笑顔と口調で人気があるが、実際に会ってもそのまんまなんだと私は思った。

 綺麗さと可愛さが見事に調和している上に、頭脳明晰という魔性の魅力を持ち合わせている女性だ。

「お初にお目にかかります斎王魅入様。我ら入神巫女衆は、全身全霊をもってお支え致します」

「斎王?」

「巫女の頂点たるお方の事でございます。入神様がお待ちになっておりますので、どうぞ奥へお進み下さい」


「はあ…」

 状況が全く飲み込めない私は気の抜けた返事を返すと、言われた通りに部屋の奥へと歩く。

 するとそこには、小さめながらも立派な神棚が置かれていた。

「お、魅入来たな」

 入の形になっている神棚の屋根に、ちょこんと座った入神さんが手を振っている。

「入神さん、この人達はなんなの?」

「魅入をサポートする巫女衆だ」

「色んなタイプの人達がいるよね」

「経営、マネージメント、振付、ダンサー、ミュージシャン、カメラマン、映像ディレクター、ネット配信、プログラマーなどなどその道の凄腕を巫女衆のメンバーに選んだからな」

「その道の凄腕にしてはみんな若くない?」

「麻呂の巫女衆となれば、才色兼備と若さ、健康は自動的に上方補正されるからな」

「へぇー」

 アイドルグループと言っても過言ではない女性達を振り返ると、魅力的かつ神秘的な笑顔を向けられた。


「まずは、ここを活動拠点として魅入の曲をネット配信する。そのための歌唱や踊りのレッスンを受けてもらう」

 入神さんの指示により、私の本格的なアイドル修行が始まったのある。

 怒涛の如く、1年のときが過ぎ去って行く。

 歌や踊りは当然だが、神事に関わる習事が大変だった。

 なにしろ普通の生活ではほとんど関わらない事ばかりで、知っているのは神社への参拝方法くらいであったのだから。

 それに私はお姉ちゃんと違って運動能力や適応能力がからっきしだったので、いくら入神さんの補正が掛かっていても生半可な努力では着いて行く事すら叶わない。

 そんな私が頑張れたのは、ひとえに巫女衆のお姉さん方の辛抱強い指導の賜物たまものである。

 なにしろ、斎王様がお出来にならないのは自分達の教え方が至らないからだと自らを責めるのだ。

 これはキツい…まだ怒鳴られたり嘲笑される方が楽だと思える。

 そんな甘やかされながらもスパルタな環境で、一人前のアイドルになるべく私は精進したのであった。


 作詞作曲した歌のストックもぼちぼち増えて来た頃、神棚の屋根で寛いでいた入神さんが唐突に言う。

「魅入も仕上がったし、そろそろ仕掛けてみるか」

 いつものように、私のレッスンをしてくれていた巫女衆のお姉さん方の表情が一瞬で引き締まる。

「入神様、いよいよ出陣ですね」

 巫女衆筆頭の黒嵜さんが片膝をついて、入神さんにこうべを垂れる。

「うむ、まずはMVの動画を上げる。演者はすべて入神の蔵面を被れ」

「畏まりました。して演目はどの曲に致しましょう?」

「やはり、最初はインパクトがあった方が良いな。【入神降臨】で行こう…斎王の龍笛りゅうてきから始まるアレンジを加えて、雅な雰囲気から一気にハードロックで爆上げだ」


  すぐさま、専用のスタジオで撮影が行われて配信が開始された。

 斎王である私の歌唱に4人の踊り手、そしてロックバンド編成の演者全てが巫女装束を着用、長い黒髪を髪留めで束ねる。

 入神と書かれた白い布の蔵面を被っているため、素顔はわかりにくいが、踊りの際に布が風でなびくとチラチラと見切れた。

 アイドルグループかと言われたら、何と返していいかわからない。

 なにしろ入神さんからは『一切媚びるな、凛としていろ』と言われていて、既存のアイドル路線とは一線を画していたからである。


 1年間ひたすらレッスンに明け暮れていた私は、ニュースなどを見る余裕もなかったのだが気づくと世間が様変わりしていた。

 様々な業界で蔓延はびこっていた悪習が、白日の下に晒されていたのである。

 政財界、メーカー、商社、小売、金融、マスコミ、IT、サービスなどあらゆる分野に渡って、世間の常識とかけ離れた非常識がまかり通っていることがわかってしまった。

 本来それらの報道は新聞やテレビ、週刊誌などが担っていたが、自分達に都合の悪いものには蓋をして来たのも露呈して、メディアに対する信用は失墜していた。

 というわけで巫女衆のMVは、混沌とした世間の状況の中で配信が開始されたのである。


「この状況ってやっぱり入神さんの仕業ですか?」

 私は、神棚の前の椅子に腰掛けながら質問を投げかけた。

「愛入の事を調べているうちに色々と情報が集まったし、腐り切った慣習は断ち切っておいた方がいいだろうと思ってな」

 入神さんは、神棚の屋根に寝そべりながら答える。

 特に闇の深かった芸能界は、大ダメージを受けていて潰れる芸能事務所が後を絶たない。

 大手芸能事務所とWin-Winの関係を築いていたテレビ業界も、隠蔽体質が露呈して報道メディアとしての信用が失墜した。

 潰れた大手芸能事務所の中に、お姉ちゃんが所属していたアイドルグループの運営会社も含まれていたのは当然の事と言える。

 売れない子たちの枕営業やセクハラ、パワハラ、不適切にも程がある行為が当然の如く横行していて、自ら命を絶ったアイドルも多数いたらしい。

 聡明なお姉ちゃんが、独立したがったのも当たり前だ。


「MVの反響が、凄まじいものになって来ています。入神様、斎王様」

 私が入神様と話していると、巫女衆筆頭の黒嵜さんが報告しに来てくれた。

「そりゃそうなるだろう。世の中乱れまくってるからな、正しい道をしるしてくれそうな対象が現れたらすがるのは人の常だ」

 入神さんがどや顔で言う。

「マッチポンプ気味なとこもありますよね」

 私が返すと、

「魅入も言うようになったな。八百万やおよろずもの神を勝手に造った上に、まつりごとの都合で仏教などにかぶれて、麻呂をおろそかにした国の民なんか本来救ういわれはないんだぞ」

 入神さんが、少し不貞腐れた様子で答える。

「それはもちろん感謝しています。入神さんの偉大さを神民に知らしめるのが私の仕事ですから」

「魅入ちゃん、わかってるじゃない!推しにそこまで言われたら入神、頑張っちゃうよ」

「さっすが!心の広い入神さん。ところで突然歌詞に書き加えた祝詞のりとって、やっぱり予言なんですか?」

 長い付き合いの中で、入神さんの操縦方法が私にはなんとなくわかって来た。

 基本頼られるのが大好きなツンデレ神様だ。

「近い将来に起こる天変地異を示唆している。巫女衆が神託をおろす良い実例になるだろう」

「ふ~ん、それって日本限定なの?」

「限定ではないが、元々日本は神国だから麻呂を受け入れやすい土壌がある。天皇を神の子孫として、崇拝しているぐらいだからな」

「他の国はダメなの?」

「ダメではないが、麻呂の存在を受け入れなければ意味はない」

「ふふ~ん」

「魅入は何を企んでいる?」

「ナイショ」

「人間の思考を読み取る入神にナイショとは、さすが麻呂の激推しアイドルだな!」

 入神さんが高らかに笑う…わりとチョロい。


 その後巫女衆のMVの配信はバズりにバズり、専属のライブ会場を備えた社殿を建立するまでになった。

 既存のメディア媒体には一切出演しないため、ライブチケット料金はかなり高額でも即座にソールドアウトとなる。

 巫女衆の増員を目的としたオーディションも行われるが、その募集要項に世間がざわつく。

 【未婚で身も心も清らかな女性】…今時いるのかこんなの!とSNSでも大炎上したが、神に奉仕する巫女は遥か昔からそうだったという意見も多くみられた。

 オーディションの模様はライブ配信され、入神様による容赦のない選定を目の当たりにして、これはガチだという意見が大多数を占めるようになる。


 なにしろ見た目は清純そのものな女の子に対しても即座にダメ出しするのだから…まあ、その結果を伝えるのは入神さんからの念を受け取った私の役目なんだけどね。

 当然、納得行かずにごねるごねる。だが、

「彼氏がいるなら彼氏との仲を優先しなさい」

「いじめで同級生を自殺に追い込んだ過去があるね」

「産んだ赤ちゃんを放置した事があるね」

 私が入神さんから聞いた事を伝えると、清純そうな顔を真っ青にして逃げ帰って行く。

 その反面、身体の障害や皮膚の色などは全く合否に影響していなかった。

 整形手術やタトゥーに関しては、ピアスの穴であっても失格となった。



 巫女衆を大勢補充して大人数グループにするのかと思ったが、厳しい研修期間を経て本人の適性を見極めると、入神さんはあらゆる分野に配置し始めた。

 キャスターやコメンテーター、政治家や官僚、編集者や記者、バラエティやお笑いに至るあらゆる分野へと巫女衆の人材を投入する。

 すでに入神さんの常識外れの内情暴露によって、信用が崩壊していた日本社会に清水きよみずが染み込むかの如く巫女衆が溶け込んで行った。

 巫女衆は今や多角的人材派遣形態へと移行して、あらゆる分野で推される存在となって行く。

「日本は、本物の神国として生まれ変わる必要があります。そのためには今の便利さ至上主義を捨て、不便さを許容できる心の余裕を取り戻さなければなりません。そのために斎王である私は、あらゆる不便な地域で率先してライブ活動を行います」

 私は、動画配信で膨大な数に膨れ上がった巫女衆の推しファンである入子衆に対して宣言した。

「引きこもりだった魅入が覚醒したのか?さすがは麻呂の激推しだ。面白くなって来たな」

 相変わらず、ちっさいおじさんのままの入神さんが神棚から顔を出して笑う。


 それから私はSNSで告知すると、災害などで被害の大きかった地域や過疎化の進む地域で率先してライブを行う様にした。

 斎王が来るとなると、その地域の入子衆が俄然張り切って迎える環境を整えてくれる。

 交通の不便な地域であっても、斎王や巫女衆観たさに大勢のファンが押し寄せて来た。

 その経済効果は秤知れず、駅からライブ会場へ歩く道筋に露店が立ち並ぶ様は圧巻である。

 入神さんからの神託を歌詞に織り込む事により、自然災害の被害も最小限に抑えられ巫女衆への信頼と推しは日本中へと拡がって行く。


 私は日本が神国としての自信を取り戻したタイミングで、巫女衆の新しい楽曲を製作した。

 タイトルは【World Peace by Irigami】である。

「麻呂を世界中に認識させる気か?ずいぶんスケールの大きい事を考えついたな…魅入」

「推しの願いは叶えてくれるんでしょ!入神さんを崇拝すれば、その人達を守ってくれるんだよね」

「ああ、麻呂の力の源でもあるからな」

「よし!じゃあ巫女衆の海外ライブは紛争地域と貧困地域から行います」

「マジで?危険だぞ」

「激推しの私の事を当然、入神さんは守ってくれるんだよね」

「当たり前だろ」

「なら、世界中どんなとこでも大丈夫だよね」

「魅入は神使いが荒くなって来たな。まかせておけ必ず守るし、攻撃してきた奴等には神罰を下す」


 こうして入神さんと斎王の私は、世界を救う旅に出発した。

「どうせアイドルやるなら、世界に平和と愛を届けなきゃ!」

 そう力強く言った私は知っている…入神さんには悪いけど、神の支配する世界を人間は受け入れない。

 神の代弁者たるアイドルの終焉は、いつの時代も救った人間達に裏切られる歴史に血塗られているのだ。

「どっちにしようかな?入神さんの言う通り」

 

 私はいつもの癖で数え唄をつぶやく。

 その指先には、生存と滅亡の2つの言の葉が並んでいた。










 

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