第15話 自分で掴む未来
わたしは帰り学活が終わるとすぐに教室を出た。
七菜ちゃんと真希ちゃんには先に帰ってて、と言ってある。
二人は何かを察したように、うん、と言ってくれた。
湿った空気が開いている窓から吹き込み、雨のにおいがする。
最近は晴れていたけど、今日の夜は久しぶりに雨が降るらしい。
わたしは旧校舎の空き教室のドアに手をかけて、スーッと息を吸い込む。
ふーっと長ーく息を吐いてからわたしは意を決してドアを開けた――
彼がいた。
教室の真ん中に、ひとり。
彼が机に寄りかかりながら、どこか遠くを見ている。
ガラガラッというドアの音に気づいた彼が、顔だけわたしに向ける。
もう、このドアを開けた時点でわたしは一歩踏み出している。
もう一歩。
わたしはドアを背に彼の方を向く。
真っすぐに顔をあげると視線が交わった。
「どうしたの」
急に呼び出したにも関わらず、しっかり来てくれて。
何も言わないわたしを心配してくれて。
「なにかあった?」
そんな彼が。
そんな菅野さんが。
「す、がのさん……の」
心の中で、菅野さんが言ってくれた言葉を繰り返しながら、わたしは彼に
菅野さんは体ごとわたしの方を向いて、じっとわたしの言葉を待ってる。
「ことがっ」
すうっと息を吸って、一息に言う。
そう、
「好きになってました……っ」
悲しくないのに、ボロボロと涙があふれる。
こんなこと、伝える予定もなかったんだよ。
でもね、あなたの言葉でわたしの行動は変わった。
「は……」
あっけにとられたように口を開く彼に、わたしはごめんなさいとつぶやく。
やっぱり、掴んだ未来は必ずしも良いとは言えない。
けど、そのおかげで学ぶことがあった。
わたしが、彼のことを意識するようになった、あの日の学級長会。
そこでわたしの努力を認めくれたくれたとき、
雨の中パーカーを貸してくれたとき、
ブドウ味のアメをくれたとき、
優しく頭をなでてくれたとき、
彼の優しさが、壊れたわたしを救ってくれて。
必ず、わたしのとなりにいてくれて。
必ず、どこかでわたしを見ていてくれて。
……心の中で求めていた言葉を言ってくれて。
そんなあなたをいつの間にか視界の端でとらえているほど。
あなたのことが――
「ぼ、く……?」
まるで時間が止まったようだった教室に、静かな声が響いた。
「ごめんなさい、ごめんなさいっ……! わたしの想いは、迷惑でしかないのにっ……!」
勇気を出すことの苦しさが、難しさが、辛さが――
――あなたのおかげで分かった。
空いていた手でドアを開けて教室を飛び出す。
「ちょ、っと。待って」
声が後ろから追ってくる。
わたしはその声から逃げるように廊下を走る。
顔を合わせることなんかできなかった。
「待てって」
声が追ってくる。それからひたすら逃げる。
「待てっ」
菅野さんはわたしを止めて何を言うつもりだろう。
断られるのが怖かった。
「沙織っ!」
突然聞こえたわたしの名前に、思わず足を止めてしまった。
数メートル先に彼がいて、わたしはうつむいて彼の視線から逃げる。
顔をあげるのが怖い。
涙が頬を伝って、床に落ちる。
「なあ、相良。知ってた?」
なんの話をするつもりだろう。
彼の続きの言葉を聞くために、わたしはうつむいたまま耳を傾ける。
「弱った相良を見て、コイツを守ってやらないとって……」
そしたら、と続ける。
「好きになってた」
幻聴かと思った。
涙の量はかさを増して、床にどんどん落ちていく。
「僕の想いは迷惑かな」
ゆっくりと顔をあげると、困ったように笑う菅野さんの顔があって。
「そ、んなこと」
――言うまでもない。
「ないですっ……!」
夢かと思った。
夢ならば、絶対に目覚めてほしくない。
菅野さんの顔が、すぐ近くにあって。
ふわふわとした気持ちのまま、わたしは目を閉じた。
重なった唇が、夢ではないと知らせてくれて。
心の中で、わたしは過去の自分に告げる。
あの頃の自分へ。
勇気の先にある未来を掴めた。自分で掴めたよ。
一歩進んで、つまずいても。転んでも。
必ず、前進しているんだ。
それを、わたしの道を照らしてくれた灯が教えてくれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます