第13話 今までとは違う

「おはよー沙織」

「お、おはよっ!」


 学校に着くと、正門エントランス広場で真希ちゃんと話していた七菜ちゃんがわたしに声をかけてくれた。


「あ、おはよう沙織ちゃん」


 真希ちゃんもふわっと笑ってそう言ってくれて、おはよう、と返す。

 こんな些細なことが、本当に嬉しかった。


 七菜ちゃんたちは友達を待っているようで、わたしだけ最初に教室に向かった。

 その途中、向かいから菅野さんが歩いてきてわたしは足を速める。


 意識し始めると、どうしても顔が見れない。

 ドキドキと鼓動は速くなるばかりで、もう何が何だかわからない。


「相良おはよ」

「っ、す、菅野さんおはようございますっ」


 すれ違った拍子に声をかけられ、わたしは思わずビクッと反応してしまう。


 ダメだ、どんどん熱が上がっていく。

 パタパタと手で顔をあおいで、顔の熱を冷まそうとする。


 ふう、と息をついて、わたしは騒がしい心臓を落ち着ける。

 教室のドアを開けると、まず私の耳に届いたのはこんな言葉だった。


「あー学級長さんっ。今日、掃除当番あるんだけど、変わってもらえないかな? 妹のお迎え行かなきゃいけなくて……」


 何度こう言われたかわからない。確かにこの子は年の離れた妹が二人いる。

 休日にたまたま外で会って、そのときにまだ幼い妹ちゃんを見た。


 ここで、「いいよ」と言ってしまえば簡単だ。

 現に、わたしは今までそうしてきた。


 でも。


 言わなきゃ。しっかり言わなきゃ。

 あと一歩。半歩でも。勇気を出すんだ。


 何か言われたら怖い。いや、絶対何か言われる。

 何を言われるのだろうか。想像すると体が震える。


「……ご、ごめんなさい」


 ようやく口から出たのは、情けないほどに震えていて、小さな声だった。

 相手もまさか断られるとは思っていなかったのか、一瞬固まる。


 相手が口を開きかけたとき、わたしは「な、なんでもない!」と相手の口をふさぐ。


 怖い。やっぱり怖い。何を言われるのか。

 わたしが相手の言葉を遮ったにもかかわらず、クラスメイトは続きを話した。


「ん? あ、私こそごめんね! 学級長さんだっていろんな人に毎回頼まれているのに……。お迎えはあるけど、当番だしやるのは当たり前だよね」


 両手を合わせて謝ってくる彼女に、わたしは何も言うことができずにその場に立ちつくした。


 だって、まさか謝られるとは思っていなかった。


「友達にも言っておくね。今までひとりで任せちゃってごめんね。私、何も気づかなかった。もっと言ってくれてもいいんだよ? 学級長さん、優しすぎるよ。もっと厳しくなってもいいんだからね?」


 今日は私やるね! と、明るい声を聞きながら、わたしは「ありがとう」としか返せなかった。


「ありがとうって……。私、そんなに偉くないよ」


 あはは、と困ったように笑う彼女。


「どっちかと言えば、偉いのは学級長さんでしょ?」


 目の前にいる彼女の輪郭がぼやけていく。

 わたしはそっと目元をぬぐってから、彼女の背中にごめんとつぶやく。


 ごめん、嫌なこと言われるかなって思っちゃった。

 でも、実際全然そんなことなくて。


 少しだけ、少しだけ、わたしの見える世界が広くなった気がする。


 ―――――


 放課後になって、現状報告。

 菅野さんと話すことはなく、淡々と学級長会が進行していく。


 菅野さんと、少しでもいいから話したい。


 けど、その想いは届かないまま解散になって。

 その後もすぐに帰ってしまうから、前に当番を任せてしまったことを謝ろうとしたのに、それすらもできなかった。


 そうだった、あの人はたまたま知り合っただけで、あの出来事がなければ関わらなかった人だ。もともと、わたしたちは「委員会が同じ同学年の生徒」でしかないんだ。


 話すこともできないのに、想いを伝えるなんて……。


「無理だよ」


 誰もいなくなった教室に、静かに響く。


 ……そんな離れた存在の人に伝えられるわけがない。

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