第12話 想いを、いつか

「まだ、あの約束覚えてる……?」


 わたしが言うと、もちろん、と答えてくれる。


 ――『めーっちゃおいしかったー! また来たいねー』

 ――『うん、またみんなで来ようよ。テストの打ち上げとか』


 その約束は、まだ有効ですか……?



「――行こうよ。この後」



 七菜ちゃんがそっと呟いて、わたしはうん、とうなずく。


「真希ちゃんは帰っちゃったから、二人で。真希ちゃんとは今度一緒に行こう」


 一回家に戻って、現地集合。

 そうと決まればあとは早くて、少し急ぎ目に歩いて家に帰る。

 お母さんはもう帰ってきているかな。


「ただいま」

「おかえり。そんなに急いでどうしたの」

「ちょっとこのあと七菜ちゃんと遊んでくるね」

「いいけど、帰ってくるのは遅くならないようにするのよ」

「うん、大丈夫」


 いつもはすぐカバンから宿題を取り出して勉強するものの、今日は違う。

 準備すること数分。またわたしは家を出て、ハーモニーへ向かう。


 キラキラとした店内の前には、もうすでに七菜ちゃんが来て待っていた。

 わたしはスマホをのぞき込んでいる七菜ちゃんに駆け寄る。


「ごめん、待ったよね」

「ううん、あたしも今来たところ」


 中入ろ、と七菜ちゃんの一言で、ハーモニーの店内へ。

 二人掛けの席が空いていたので、とりあえずそこに座ってメニューを決める。


「今日はレモンティーにしようかな。七菜ちゃんは?」

「うーん、いつも通りフルーツスムージーでいいかな。あと、ブルーベリースコーン!」


 注文してからすぐに持ってきてくれて、手際のよさに感心する。


「ま、ひとまずテストお疲れさま」

「うん、お疲れっ。七菜ちゃん、かなり勉強してたよね」

「見ててくれたの? 今回は結構頑張ったんだー!」


 七菜ちゃんは基礎を覚えればすぐに応用も解けるようになっちゃうから、わたしと結構いい勝負。七菜ちゃんはトップ20には入っていると思う。


「沙織に追いつけないのが悔しくてさー。あたしとの時間を削ってまで勉強しようとしてるんだから、あたしも沙織と同じように頑張ってみようかなって」

「そう、だったんだ……」


 レモンティーを一口飲み、わたしはテストから話題を変える。


「そういえば……気になってたんだけど、七菜ちゃんって……菅野さんと幼なじみなの……?」

「うん? 菅野さんってまさかアイツのこと⁉ あっははははは、アイツにさん付け……あはははっ……」

「あ、アイツって……」


 そんなに笑わなくてもいいじゃん、とわたしは唇を尖らせながら七菜ちゃんに言う。

 でもやっぱり菅野さんのことは知っているみたい。

 少しして七菜ちゃんの笑いが収まったあと、しっかりと答えてくれる。


「はー、アイツのことは呼び捨てでいいんだよ。一応、幼稚園からの付き合いね。もっと前からかもしれないけど。なになに? アイツが沙織を傷つけた? 大丈夫、あたしに任せて! 一発殴っ――」

「す、ストップ! 仲いいのはわかったからっ。何もされてないよ、大丈夫!」


 本当に? とわたしの顔を見てくる七菜ちゃんに、ブンブンと首を縦に振る。

 七菜ちゃんはスコーンをパクリと食べて、話を続ける。


「だったらなによ、委員会一緒なんだっけ」

「そ、そうそうっ。ただ、委員会が一緒なだけ!」

「ふーん、それだけ?」


 今日の、一時間前くらいのことを思い出す。


 菅野さんへの想いに、気づいてしまった。

 迷惑でしかないこの想いに……。


 かあああっと顔に熱が集まり、わたしはレモンティーを飲む。


「なーんだ。そういうこと」

「そ、そういうことって……!」


 さらに顔が熱くなり、わたしは手で顔を隠す。

 わたしの想いは封印するんだ。この想いは知られてはいけない――


「好きなの? アイツのこと」

「っ、そんなこと……!」


 続きを言ってしまえば、菅野さんに失礼だ。

 かといってうなずくわけにも……。

 ぐぬぬ、と押し黙るわたしを見て「ま、いいけど」とあきらめてくれる。

 七菜ちゃんは最後の一口を口に入れて、お財布を出す。


「はい、これでお願いします」

「え、ちょっと」


 わたしの分も払おうとして、わたしは慌てて止めた。

 けど、わたしの言葉は届いていないみたいで、いつの間にかお会計が終わっていた。


「ちょっと七菜ちゃん! わたしの分何円? 自分で払うからっ」

「いいのいいの。その代わり……」


 開きかけた口をつぐんで、わたしは次の言葉を待つ。


「ちゃんと、自分の気持ちは伝えるんだよ? そうしないと、あたしたちみたいに変なところですれ違っちゃうから。しかもアイツ、なぜかモテるんだよね。なぜか」


 よくわからん、とぶつぶつ言いながら店内を出る。


「またね、明日学校で」

「っ、うん! またね」


 またねって言ってもらえた。

 次がある。また明日会える。


 それだけで、十分心は満たされた。

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