第10話 当たって砕けろ
社会のテストが終わった。今日はもうこれで下校になる。
帰り学活が終わって、解散になった。
わたしは社会のテストの出来を思い出し、大きくため息をつく。
結局、斜めに座る七菜ちゃんのことが気になって、頭は全くテストどころじゃなかった。
めったに空欄を作らないわたしだけど、今回は時間がなくて、後半の二問が解けなかった。
時間配分間違えたな、と反省しながら職員室へ向かう。
校舎の鍵を閉めるための鍵は職員室で保管されているので、毎回取りに行く必要がある。
たくさんの鍵がぶら下がったフックから、見慣れた鍵を取って、菅野さんと合流。
何も会話することなく、奥の校舎の戸締りを完了。
窓が開いているところが多くて、いちいち閉めるのが大変だ。
空けたら閉めてくれればいいのに。
「相良さあ、今からでも行けば」
「えっ?」
ぽつり、と小さな声で言われたその言葉に、一瞬、理解が追い付かなくなる。
「そ、そんなの無理です。
「え、僕があとはやる」
「だ、ダメです!」
わたしの手から鍵を奪おうとする彼をかわしてから、もう一回口を開く。
「本当はわたしが当番なのにサボるなんてできません。学級長なんだから決められたことは――……」
ギリ、と歯を食いしばり、零れ落ちそうになる何かに必死で耐える。
そして、ぐっと前を向き菅野さんにはっきりと言う。
「サボるなんてできません。最後までやりますっ……!」
菅野さんの手が、わたしの顔に近づいてきて。
わたしの目元のぬぐうその手つきはあまりにも優しくて。
その瞬間――
今までの、どこかで感じていた自分の想いに気づいた。
この想いは彼にとって迷惑だろう。だから、伝えることはできないよ。
だってあなたは、わたしの灯だから。わたしを照らす灯を、先を照らす灯を、わたしの想いで失いたくない。
ごめんなさい。
――あなたが好きです。
涙が粒となって、頬を伝う。ポタっと落ちる涙はキラッと光って、周りの景色を吸い込みながら床で形をなくす。
何に対しての涙かわからない。ぽろぽろと涙があふれてくる。
「……そりゃあ毎回毎回サボってたらダメかもしんないけど」
斜めを向いた彼の口が、小さく開く。
「そんなんだと、いつか壊れる。たまには甘えてもいいじゃん」
せっかく僕がやるって言ってるんだし、と付け加えてわたしの頭にポン、と手を置く。くしゃりと少し乱暴に髪をかき混ぜた手は、すぐに離れていって、わたしの手の中にある鍵へと向かう。
「相良は頑張りすぎ。自分のことも優先しなよ」
手の中にあったはずの鍵の冷たい感触がなくなった。
代わりに、菅野さんの手からキラッと鍵が光る。
「たまには、勇気だしてみたら」
勇気、という言葉を口の中で繰り返す。
その言葉が重く響いて。耳に染み付いたように離れなくなる。
「その一歩で転けても、つまずいても、勇気を出したことには変わりないじゃん」
転けても、つまずいても……。
その先にある未来は、必ずしも良い未来とも言えないけど……。
「いいじゃん、進めたなら。自分の未来は自分で掴め」
にっ、っと彼が笑った。
わたしだって。
わたしだって、話したかった。
せっかく七菜ちゃんが呼んでくれたのに、行けなかった――……。
――悔しい。悔しい、悔しいよ。
我慢していた今までのいろんな感情が、一気に溢れ出てきそうで。
ポツポツと、続けて涙が落ちた。
「ごめん。余計なこと言った」
違う。そんなことない。
少なくとも、今のわたしには――
「お疲れさま」
わたしの耳に、小さな声が届いた。
スタスタと小さくなっていく音をどこか遠くで聞きながら、わたしは自分の指で涙をぬぐいとる。
ごめんなさい。ありがとうございます。
――『たまには、勇気だしてみれば』
あと一歩、勇気をだせば。
転けても、つまずいても、また立ち上がれる。
君がいてくれるから。ほんの少し強くなった自分がいるから。
今から行っても、間に合わないかもしれない。
それでもいい。当たって砕けろ。
わたしはぎゅっとこぶしを握って、静かな校舎を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます