第9話 真実から逃げて
まさかの事実を知らされるも、明後日はテスト。驚きの余韻に浸っている暇なんて与えさせてくれなかった。
そっと手を開いて、手の中にあるぬくもりを確かめる。
包装紙を破って口の中にアメを放り込んだ。
ブドウそのものの味が口の中に広がり、甘い香りが鼻をつく。
あとから酸味がじわじわと追いかけてくる。
その中に、あの優しさが溶け込んでいるような気がして……。
もしかしたら、七菜ちゃんがわたしを気にしてくれているというのは嘘かもしれない。
でももし、少しでも七菜ちゃんがそう思ってくれているのなら、次はわたしが頑張る番だ。
―――――
ついに、始まる。
何か月間の努力が試される場所。
「よーい、始めっ」
先生の合図とともに、テスト用紙を表に返す音が聞こえる。
コツコツとシャーペンで書き込む音も聞こえて、空気はピンと張りつめている。
いつも授業中は不真面目なクラスメイトも、さすがにテストとなるとしっかり受けるようで。
七菜ちゃんたちと過ごす時間をテスト勉強に当てた分、今回のテストこそ、いい点数であってほしい……!
わたしは落ち着け落ち着けと心の中で繰り返し唱えて、最後の一問まで回答欄を埋めた。
―――――
あと一教科、社会のテストを残してお昼になった。
今日も七菜ちゃんとは一緒に食べることはできずに、わたしはお弁当箱を持って旧校舎に行く。
社会の復習もしたいから、要点をまとめた小さいノートを持って行って、歩きながら心の中でひたすら読む。
旧校舎に着いてからも、お弁当を食べながら復習。
もう終わった四教科の手ごたえはまあまあ。
いいとは言えないし、悪いとも言えない。ただ、空欄はすべて埋めることができたので、そこはよかったと思う。
モグモグと無心で口を動かすこと十分。お弁当箱が空になり、わたしはお弁当袋にしまった。わたしの横に置いてあった小さなノートを手にとり、社会の復習を始めようとしたそのとき。
バタバタとこちらに向かってくる足音がした。
な、なに……?
「……ハアッ。やっと見つけた」
「菅野さん……?」
やっと見つけた……って。
わたしのこと探してたみたいな言いかた……。
菅野さんは呼吸を整えながら、一つの紙をわたしに差し出す。
ノートの切れ端のようだった。ビリリ、と少し乱暴にちぎられたような紙は、二つ折りになっていた。
「これ、相良にって……」
続きを言うのをためらっているようだった。
「七菜が」
七菜ちゃんが……わたしに?
その紙を受け取ると、そこには小さな文字で何か書かれていた。
『放課後、屋上の階段で会える?』
放課後、というのは今日のことだろう。
屋上の階段はめったに人はいないし、よくそこで二人で遊んだ。
屋上には行っちゃだめだけど、屋上の手前の階段ならいいよねって言って、放課後いろいろ話した。薄暗い感じとか、少し狭い感じとか、秘密基地みたいだねって笑った。
でも、今日は――
「見回り当番の日だ……」
わたしたち学級長が行っている活動のひとつ。
放課後、全部の校舎に鍵をかけるのが仕事。廊下の窓とか、空いていたら閉めるのもだけど……。
「ってことは、僕も?」
「そうですね」
今日、わたしと菅野さんは二人で毎回見回りをすることになっている。
当番の子がひとり休んでしまったらしく、急遽先生にお願いされたらしい。
しょうがない、また機会を見てわたしから七菜ちゃんを誘えば……。
と、そこであることに気づく。
――『うん、またみんなで来ようよ。テストの打ち上げとか』
この約束はまだ、有効なのかな。
もしかしたら、わたし以外のみんなで行くかもしれない。
だったら。
迷惑、だよね……。
「ごめんなさい。ここまで来てくれたのにありがとうございます」
菅野さんはわたしの答えを聞いてハア、とため息をついた。
一瞬、何か言いたそうだったけど、口を閉じてしまった。
帰ってしまうその背中に向かって、
……こんな弱くて逃げてばかりのわたしに向かって。
――ごめん、ごめんね。ごめんなさい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます