第8話 アメ玉の優しさ

 わたしの斜め前で、七菜ちゃんと真希ちゃん、また、その友達が固まって何かを話している。とっても楽しそうで、わたしは思わずずっと見つめてしまった。

 七菜ちゃんの机を囲むようにして話していて、その机には筆箱が置いてある。

 そこに取り付けられたヒマワリのキーホルダー。


 あの日……ヒマワリのキーホルダーを買った日のことがよみがえる。 


 ――『なんか嬉しいね。特別な感じがする』

 ――『やった、おソロだ! 友達っぽくていいーーーっ!』


 自分の筆箱を見て、そのあともう一回七菜ちゃんの筆箱を見て。

 視線を少しずらすと、七菜ちゃんと目が合った。


 すぐにどちらからともなく、目線をそらしてしまった。

 七菜ちゃんの顔には戸惑いが浮かんでいて、わたしはぎゅうっと胸が苦しくなる。


 まだ、わたしたちは友達ですか?

 まだ、わたしのことを友達だと思ってくれていますか?

 まだ、あなたはわたしと笑い合ってくれますか?


 友達って、なんだろう。


 わたしはその場から逃げるように、放課後の教室を飛び出した。


 ―――――


 中庭がよく見える、人気の少ない旧校舎の階段。

 最近はここでお弁当を食べていたからか、足は自然とここへ向かっていた。


 誰もいない、薄暗い階段にわたしは座って、膝に顔をうずめた。

 

 考えても仕方のないこと。

 それでも、またチャンスがあるならば。


 また前のように話したい。


 だって無理だよ。わたし、今まで必ずとなりに誰かがいてくれたもん。

 急にひとりぼっちにされて、こんなの、耐えられるはずがない。


 そんな時、声がした。

 この場にそぐわない、明るい声だった。


「あ、相良」


 顔をあげると、そこには菅野さんが立っていた。


「はー、やっと見つけた」


 何か菅野さんがブツブツ言っていたけど、何も聞き取れず。


「こんなとこにいるなんて珍しいね。どうしたの」


 わたしのとなりに座った彼は、手に持っていたルービックキューブをいじりだす。


 相良さんはいつも放課後にここに来てるのかな……?


 わたしの言いたいことが伝わったのか、彼はルービックキューブに目線を落としたまま答えてくれる。


「なーんか考え事するときとか、ひとりになりたいときとか、ここよく来るんだよね」

「えっ。だったらわたしはおじゃまですよねっ。すぐに出ていくのでっ」

「ははは。ジャマだったらジャマって言うよ。ジャマだなんて一言も言ってないでしょ。今日は用事があっただけだし」


 ひとまず、わたしはここにいてもいいの……かな。


 会話が途切れて、カシャカシャとルービックキューブを動かす音だけが聞こえた。


「どうしたの」


 わたしに声をかけられたのだとわかって、わたしは顔をあげた。

 突然のことで、わたしは何も答えられなくて頭の中ので答えを探す。


 彼の方には向かず、うつむきながら答えた。


「……なんでもないです」

「そんなわけないでしょ。泣きそうな顔してる」


 え、とわたしは下を見たまま一瞬固まる。

 その後、わたしは菅野さんの方を見てすぐに顔に笑顔を張り付けて笑った。


「相良」


 ……はずだった。

 無理だった。笑えなかった。


「っう、あ……っ」


 涙が頬を伝う。視界がぼやけて、何も見えない。

 ためてた想いが、隠してた想いが、全て涙となって溢れ出る。


「うあ、っ……うっ」

「相良」


 腕に、あるものが当たって、わたしは思わずそっちを見た。

 相良さんの握った拳を突きだされて、わたしの口からは「え……」というかすれた声が漏れる。


「これ、あげる」


 わたしの手を拾って、その手に握り込ませる。

 それから、ひとこと。


「相良のとなりには僕がいるでしょ」


 ――ひとりじゃないから。


 ぐっと握られた手は、温かくて、どこまでも優しくて。


 わたしはひとりだと思ってた。ひとりぼっちになったのだと思ってた。


 まるで心の中をのぞかれたようなその言葉に、わたしは驚きながら彼の顔を見つめる。


 手はまだ握られたまま。

 何も言わない彼の優しさが、「何があったの」と詳しく聞かない彼の気遣いが、全部が嬉しくて。


 わたしが泣き止むまで、ずっととなりにいてくれた。そっと手が離されて、わたしはさっきまで握られてた手の中を見る。


「ブドウの、アメ……?」

「なに。いらないの」


 ふわあ、とあくびをした菅野さんに、わたしはブンブンと首を横に振る。


「あ、の……その……」

「お礼はいらない。あと――」


 一瞬の間が空いて、菅野さんは言う。


「わか……七菜、相良のこと気にしてたよ」


 それだけ、と彼は言って立ち上がる。


 今、七菜ちゃんの名前言おうとしてたよね……?


「七菜ちゃんのこと、知ってるんですか……」


 彼の背中に問いかけるけど、「しょうがないなあ」と言って足を止めてくれた。


 名前呼び捨てだったし、仲良さげ……?


「だって僕たち、幼なじみだし」

「え、そうだったんですか」


 まさかの事実に口をポカンと開く。

 え、えっえ……。


 戸惑いを浮かべるわたしに、彼は独り言のように言って次こそ帰ってしまった。


「たまには泣きなよ。そうしないといつか自分が壊れる」


 ――ゴーン、と階段の踊り場の壁にかかっている時計が四時半を示した。

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