第4話 この言葉の未来
土日が明けた週の始め。
「沙織ーっ! 今日一緒に帰ろー」
「うん、いいよ。真希ちゃんはまた委員会かな? 今週は確か真希ちゃんが当番だよね」
「そうそう」
風紀委員会の真希ちゃんは、放課後に教室の見回りをしている。窓が閉まっているかとか、机がそろっているかとか。一応、学級長だし、わたしも窓とか机は確認してから帰っているんだけどね。
「はーもうすぐ定期テストだよ……。あと二週間?」
「うん。テスト勉強は順調?」
「うっ。それをあたしに答えさせないでよ。理科だけは正答率高いけど、他は壊滅的なの。前回なんて、全部ギリギリ平均点超えたぐらいだよ!?」
「今回、社会とか範囲広いもんね」
「とか言いつつ、沙織はいつもトップ10に入ってるんだから。ホント尊敬する……!」
さらりと言ってのけた七菜ちゃんの言葉で、グサッと心に何かが刺さる。
みんなはわたしのことを「頭がいい」って思ってるらしいけど、わたしはそうは思わない。
前回の定期テストでは、学年四位だった。一年生のころは二位まで行けたのに、キープすることもできず下がり続けているのだ。
この間あった単元テストでは七菜ちゃんよりも下になったことがあった。
塾に行っているわけではないし、かといって誰かに教えてもらっているわけでもない。家で寝る時間を削って勉強、というのもない。
今回は年に五回の定期テストだ。単元テストよりも、何倍も何倍も成績に影響する。
せめて、トップ10に入らなきゃ。
さすがに焦り始めて、趣味の時間を削った。けど、単元テストの点数は変わらず右肩下がり。このままいけば、定期テストもひどい点数を取ってくるかもしれない。
怖くて、つらくて、泣きそうになって。
でも、どんなに怖くたって、どんなにつらくたって、どんなに泣いても。
……どんなに頑張っても、形となって努力を認めてくれるものはなくて。
ダメだ、何か言わなきゃ心配させちゃう。
そう思っても、口は全く動かなくて。
七菜ちゃんは、そんなわたしのことを知っているのか知らないのかわからないけど、「ごめん」と突然謝ってきた。
何に対する謝罪か全く見当がつかず、わたしはおろおろと七菜ちゃんを見る。
「沙織、きっとここ最近無理させてたよね。テスト勉強したいと思うのに、カフェなんか誘ってごめん」
そうじゃない。謝ってほしいんじゃない。
わたしも七菜ちゃんも何も悪くない。
ただ、少し、ほんの少し。
この時間がなかったら、テスト勉強ができたのにって。点数も上がったかもしれないのにって。この時間がなかったら、好きなことをする時間もできたのにって。
――思って、しまった。
でもね。七菜ちゃんたちといる時間は本当に楽しくて。
七菜ちゃんたちと一緒にいる時間を、わたしは自ら選んだ。
だから、七菜ちゃんが謝る必要はない。
迷惑だと思ったことも、あるわけない。
「とにかく、あたしに付き合うことないからね? ……あ、真希来た! ホントにごめん、沙織ちゃん。バイバイ」
委員会の仕事が終わった真希ちゃんに呼ばれて、行ってしまった七菜ちゃんの背を見送り、わたしは魂が抜けたようにその場に立ちつくす。
七菜ちゃんのことを迷惑だなんて思ったことはない。
でも七菜ちゃんはわたしのことを想ってそう言ってくれたのだ。
なんで、なんで、なんでなんでなんで――……
いろいろな感情が込み上げてきて、頬を何かが伝った。
ポツッと落ちたその雫は、いつの間にか握りしめていたキーホルダーに落ちて。
その雫はあまりにも綺麗で、儚くて、悲しみを秘めていて。
涙で濡れたキーホルダーは、キラッと光る。
「――……なんで」
もう一つ、涙がこぼれた。
今、何か別の言葉を選んでいたら、この未来はなかったのかな。
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