第19話 趣味を極めたマニアックスーツ
「す、すみません、ここで…あの、ちょっと変わったスーツを作れると聞いたんですが…」
店のドアを開けて入ってきたのは、控えめな様子で周りをキョロキョロと見渡す青年だった。彼は、少し背が高く痩せており、眼鏡の奥の目はどこか怯えたように揺れている。
数子は彼を見て、軽く笑いながら声をかけた。
「おやおや、アンタ、まるでスパイか何かみたいにキョロキョロしてるね。そんなにビビらなくても、ここは普通のテーラーだよ。で、どんなスーツを作りたいんだい?」
青年は少し顔を赤らめながら、震える手でバッグから何かを取り出した。そこには、彼が集めた趣味のコレクションの写真がぎっしりと詰まったアルバムがあった。
「えっと…僕、古い鉄道模型のコレクターなんです。それで、自分の好きな鉄道のデザインをスーツに取り入れてもらえないかと思って…」
数子は写真を見ながら、思わず微笑んだ。
「ほう、アンタ、なかなかのマニアだねぇ。こんなにたくさんの模型を集めてるのかい? それで、鉄道をスーツに取り入れたいって言うのは、例えばどんな感じにするつもりなんだい?」
青年は少し恥ずかしそうにしながらも、夢中になって話し始めた。
「例えば、ジャケットのラインを鉄道の路線図みたいにしたり、ボタンを昔の切符みたいな形にしてほしいんです。それに、ジャケットの裏地には、僕が一番好きな車両のデザインをプリントしてもらえたらなって…」
数子は腕を組んで、しばらく考え込んだ。
「なるほどねぇ。アンタの鉄道愛、なかなかのもんだ。普通のスーツにそんなマニアックな要素を取り入れるってのは、面白い挑戦だね。でも、ただマニアックなだけじゃなくて、ちゃんとスーツとしての格好良さも忘れちゃいけないよ」
青年は真剣な表情で頷いた。
「もちろんです! 僕、自分の好きなことをもっとみんなに知ってもらいたいんです。だから、ただの自己満足じゃなくて、見た人が『すごい!』って思ってくれるようなスーツが欲しいんです!」
数子は微笑んで、彼の肩を軽く叩いた。
「よし、分かったよ。アンタのその情熱、私が形にしてやる。でも、文句はなしだよ。いいね?」
「もちろんです! 数子さんにお任せします!」
数子はさっそく作業に取りかかった。彼女は、彼のリクエスト通り、深いグレーの生地を選び、全体的に鉄道のデザインを取り入れたシルエットに仕立て上げた。ジャケットのラインは、まるで鉄道の路線図のように繊細にステッチを入れ、ボタンには古い切符の形を模したものを特別に作成した。そして、ジャケットの裏地には、彼が最も愛する車両のデザインを鮮やかにプリントし、まるで鉄道の歴史がそこに描かれているかのような仕上がりにした。
「これじゃあ、まるでアンタの鉄道博物館だね。これを着て歩けば、どんなマニアも羨ましがるだろうよ」
数子は微笑みながら、細かいディテールにも気を配り、彼の鉄道愛を最大限に引き出せるようなスーツを完成させた。数日後、青年が再び店を訪れると、数子は誇らしげにスーツを手渡した。
「さあ、これがアンタのための特製マニアックスーツだ。試してみな、きっと気に入るよ」
青年は緊張しながらスーツを受け取り、更衣室に向かった。しばらくして、彼はまるで別人のような堂々とした姿で姿を現した。深いグレーのスーツは彼の体にぴったりとフィットし、ジャケットのラインはまるで一枚の路線図のように彼の背中に広がっている。ボタンの切符デザインもユニークで、ジャケットを開けると、内側には彼が愛してやまない車両のデザインが美しく描かれていた。
「これ…すごいです! まるで、僕自身が鉄道の世界を着ているみたいだ…!」
数子は満足そうに頷いた。
「そうさ、アンタのその鉄道愛をスーツに込めたんだよ。どんな趣味だって、自分が誇りに思えるなら、それを堂々と見せればいい。アンタがこのスーツを着て、好きなことを堂々と語れるようになれば、それが一番さ」
青年は感動しながら何度もスーツを眺め、深々と頭を下げて感謝を述べた。
「本当にありがとうございます! このスーツで、僕、自分の趣味をもっとみんなに伝えていきます。数子さんのおかげで、自信が持てました!」
「それでいいさ。趣味ってのは、自分を楽しませるだけじゃなくて、人に見せて共感してもらうことで、もっと楽しくなるもんだよ。アンタのそのスーツ、たくさんの人に見せておやり」
青年は力強い握手をして、晴れやかな表情で店を後にした。数子は彼の後ろ姿を見送りながら、ふっと息をついた。
「まったく、世の中にはいろんな趣味があるもんだねぇ。でも、アンタがそのスーツを着て楽しんでくれるなら、それで十分さ」
それから数週間後、数子の店に再び青年が現れた。今回は、スーツを丁寧に着込み、少し緊張した面持ちでありながらも、どこか自信に満ちた表情を浮かべている。
「どうしたんだい、何か大きなイベントでもあったのかい?」
数子は彼を見上げて尋ねた。青年は頷き、興奮気味に話し始めた。
「はい、あのスーツを着て、鉄道マニアのイベントに参加してきたんです。みんな、僕のスーツを見て驚いてくれて、たくさんの人と鉄道の話で盛り上がることができました。今まで一人で楽しんでいた趣味が、こんなに多くの人と共有できるなんて…!」
数子は驚きの表情を見せ、笑みを浮かべた。
「そりゃあ、良かったじゃないか。アンタのその熱意が、ちゃんとみんなに伝わったってことだね」
青年はさらに話を続けた。
「はい。これからも、もっといろんな人に僕の鉄道愛を伝えていきたいと思います。このスーツが、僕を応援してくれる気がして…」
数子は満足げに頷き、彼の肩を軽く叩いた。
「それでいいさ。スーツはただの布切れじゃない、着る人の夢や情熱を映し出す鏡なんだよ。これからも、その鉄道愛を胸に、いろんな人と繋がっていきな」
青年は感謝の言葉を述べ、力強い握手をして店を後にした。その後ろ姿を見送りながら、数子は再びミシンの前に座り、微笑んだ。
「さて、次はどんなマニアが来るんだか…。スーツ作りも、人の趣味を応援する大事な仕事だね」
彼女の店には、今日も新しい物語が生まれようとしている。数子と個性的な客たちの笑いと感動のスーツ作りは、まだまだ続いていく。
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