第18話 失恋から立ち直るための再出発スーツ
「すみません、特別なスーツを作ってもらえますか…?」
店の扉を開けて入ってきたのは、どこか物憂げな雰囲気を纏った若い男性だった。彼は、少し疲れた表情をしており、何かを吹っ切りたいという強い意志を感じさせる瞳をしている。
数子は彼を見て、やれやれと肩をすくめた。
「おやおや、アンタ、まるで失恋したみたいな顔してるね。どうしたんだい? 特別なスーツなんて言って、そんな暗い顔じゃあ何を着ても映えやしないよ」
男性は少し苦笑いをしながら、静かに話し始めた。
「ええ、実は…失恋したんです。ずっと付き合っていた彼女と別れてしまって…。それで、自分を変えたいんです。今の自分にさよならを告げて、新しい自分に生まれ変わるためのスーツが欲しいんです」
数子は彼の言葉を聞いて、少し考え込んだ。
「ふん、なるほどねぇ。新しい自分への再出発か。そんなスーツを作るってのは、簡単じゃないけど面白そうだ。でも、アンタが変わりたいって思ってるなら、応援してやらなきゃね。で、どんなスーツにしたいんだい?」
男性は少し迷いながらも、しっかりとした口調で答えた。
「シンプルで、でも力強さがあって、何かを乗り越えたって感じのするデザインがいいです。色はブラックで、少し光沢のあるものがいいかなって思ってます。決して派手じゃないけど、しっかりと存在感のあるスーツが欲しいんです」
数子は彼の言葉を聞きながら、微笑みを浮かべた。
「ほう、シンプルで力強いスーツか。アンタのその決意、気に入ったよ。でも、ただのブラックじゃ暗すぎるね。少し遊び心を加えて、アンタの新しい一歩を応援できるスーツにしてみようじゃないか」
男性は目を輝かせて頷いた。
「それ、いいですね。自分でも見たことのないような新しいスーツが欲しいんです!」
「よし、任せな。アンタのその気持ち、ちゃんと形にしてやるよ。でも、文句はなしだよ。いいね?」
「もちろんです! 数子さんにお任せします!」
数子はさっそく作業に取りかかった。彼女は、彼のリクエスト通り、光沢のあるブラックの生地を選び、シンプルながらもエレガントなデザインを追求した。肩のラインを強調し、胸元にさりげない刺繍で力強さを表現する。そして、ジャケットの裏地には、明るい青のシルクを使い、まるで暗闇の中から一筋の光が差し込むようなイメージを施した。
「これじゃまるで、アンタの新しい旅立ちを祝うスーツだね。これを着れば、どんな困難も乗り越えられるさ」
数子は細かいディテールにも気を配り、彼の自信と希望を最大限に引き出せるようなスーツを完成させた。数日後、男性が再び店を訪れると、数子は誇らしげにスーツを手渡した。
「さあ、これがアンタのための再出発スーツだ。試してみな、きっと気に入るよ」
男性は緊張した面持ちでスーツを受け取り、更衣室に向かった。しばらくして、彼はまるで別人のような堂々とした姿で姿を現した。ブラックのスーツは彼の体にぴったりとフィットし、肩のラインがしっかりと強調され、光沢が彼の新しい決意を際立たせている。ジャケットを脱いで見せると、内側の青いシルクがまるで夜明けの空のように輝き、彼の未来を象徴しているかのようだった。
「これだ…! まさに僕が求めていたスーツです! 着るだけで、なんだか自分が強くなれた気がします」
数子は満足そうに頷いた。
「そうさ、アンタのその決意をスーツに込めたんだよ。新しい一歩を踏み出すには、まず自分を信じること。どんな過去があっても、前を向いて歩き続けることが大事だ。これを着て、自分を信じて進んでおいで」
男性は感動しながら何度もスーツを眺め、深々と頭を下げて感謝を述べた。
「本当にありがとうございます! このスーツで、僕はもう一度立ち上がって、新しい人生を歩んでいきます。数子さんのおかげで、自分を取り戻せました!」
「それでいいさ。どんなに大きな失恋だって、時間が経てば思い出になるもんだよ。アンタがそのスーツを着て、もっと素晴らしい未来を見つけられることを願ってるよ」
男性は力強い握手をして、晴れやかな表情で店を後にした。数子は彼の後ろ姿を見送りながら、ふっと息をついた。
「まったく、恋愛ってのは難しいもんだねぇ。でも、アンタがその傷を乗り越えて、また笑顔で戻ってきてくれたら、それでいいさ」
それから数ヶ月後、数子の店に再び男性が現れた。今回は、スーツを大事そうに着て、どこか晴れやかな笑顔を浮かべている。
「どうしたんだい、その顔を見ると、何かいいことがあったみたいだね?」
数子は彼を見上げて尋ねた。男性は頷き、嬉しそうに話し始めた。
「はい、あのスーツを着て、新しい仕事に挑戦したんです。そして、今ではそこで自分の力を発揮できるようになってきました。失恋は辛かったけど、今は前よりずっと自分らしく生きている気がします」
数子は驚きの表情を見せ、微笑んだ。
「そりゃあ、良かったじゃないか。アンタのその決意が、ちゃんと形になっているってことだね」
男性はさらに話を続けた。
「はい。このスーツを着るたびに、自分を奮い立たせることができるんです。数子さんのおかげで、僕は本当に変わることができました!」
数子は満足げに頷き、彼の肩を軽く叩いた。
「それでいいさ。スーツはただの布切れさ。でも、着る人の決意や希望があってこそ、その布切れに命が宿るんだよ。これからも、自分を信じて前を向いて歩き続けな」
男性は感謝の言葉を述べ、力強い握手をして店を後にした。その後ろ姿を見送りながら、数子は再びミシンの前に座り、微笑んだ。
「さて、次はどんな物語が待ってるんだか…。スーツ作りも、人の心を支える大事な仕事だね」
彼女の店には、今日も新しい物語が生まれようとしている。数子と個性的な客たちの笑いと感動のスーツ作りは、まだまだ続いていく。
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