17.これから

「おや、お目覚めですね。山田さんは……まだですね。気分はどうですか?」

 少しずつ意識が覚醒していくと、自分がイセカイ運輸の保健室にいることを理解した。そこにいたのは、保健室にいた高田さん。ここしばらく目を覚ます度に視界にあるものが全く違うから変な感じだ。

「――えっと、とりあえずは大丈夫そうです」

「そうですか、それは良かった。もう話した気もしますが、最初の転移は特に具合が悪くなることが多いので、ちょっとでもそういうことがあればすぐに言ってください。それで仕事を休むことになっても山田さんも怒りませんから」

「ありがとうございます」

 高田さんの気遣いに感謝しつつ、吊るしてある時計を見る。時間は午後四時半。だいたい六時間は向こうの世界にいたってことか。

「なんていうか……不思議な体験でした。時間もあっという間だった気もしますし」

「そうでしょう。私も転移は体験したこともありますけど、こっちの世界に戻ってからも、しばらく気持ちがふわふわしていたのを覚えてます。あと、時間があっという間というのはその通りです。若干、異世界とは時間の流れる速度が違うので」

「そうなんですか?」

「ええ。聞いた話ですけど、異世界だとこっちの時間基準での三十六時間が異世界の一日と同じくらいの時間と聞いたことがあります。こっちの世界で六時間は異世界での九時間くらいですね」

 それはいいことを聞いた。だって、異世界に行ってる間は自分だけが時間を長く使えるということでもあるんだよね?物の持ち込み持ち出しはできないけど、いくらでも使い道はありそうに思う。

「なるほど。それはお得な感じですね」

「そう思いますよね?でも仕事のことを思い出してほしいんですけど、弋さんが六時間、異世界で仕事してきたとするじゃないですか。ちょうど今日みたいに。でも実際は九時間分の仕事をしてきたようなものですからね」

「………………はっ」

 つまりは異世界にいる間は仕事時間が常に五十パーセント増量キャンペーンってこと?前通る度に何年もやってる閉店セールみたいなもんじゃん。

「それってイセカイ運輸としての勤務時間に反映されるんですか!?」

「んー、たぶんされないんじゃないかなあ。転移中の勤務状況が会社としてもわからないし、その間の終業時間の管理も難しいとなれば、そのまま勤務時間としては考えづらいんだと思います」

「うっ。それもそうですね……」

 労基法とかに則れば色々言えそうな気もしたけど、そもそも法に則っているんだかわからないのが我が社だし、異世界ほどこの国の法が通用しない場所なんてないし。そして今日の転移中も実際眠ってた時間が長かった自分としては色々言うことも烏滸がましい気がした。

 と、高田さんとそんな話をしていると、山田さんも異世界から戻ってきたようだった。

「山田さん、お疲れ様でした。体調は大丈夫ですか?」

「ああ。それより弋くんが心配なんだよ。大丈夫?」

「はい。いたって元気です」

「それならいいんだけど……聞いてくれよ高田くん!俺は今日さ、弋くんを守るために先輩としてアーウェズトに行ったのに、行ってすぐに弋くんと逸れるわ、魔族に弋くんが連れていかれるわでほんと自分が情けなくなってさ――」

「――ほう。そんなことがあったのか」

 高田さんに愚痴を零す山田さんと、一斉に声の方を向く。

「げ」

「おいおい、「げ」ってことはないだろ」

 部屋の入口には司波社長が立っていた。

「社長、お疲れ様です」

「おう。お疲れ、高田。そろそろ二人が帰ってくるんじゃねえかって来てみたら、ちょうどだったとはな!それで龍生。お前、仕事初日の後輩連れてってそんな危険な目に遭わせたのか?」

「いや、その……はい。その通りです……」

「あ、でも社長!結果として僕にも色々ありましたけど、逸れてからは駆けずり回って探してくれたり、魔族に連れてかれたのも相手が強かっただけで守ってくれたのは本当で!――」

 なんか雰囲気的に山田さんの行く末が危なげだったので慌ててフォローする。でも嘘もついてないし、山田さんが俺のために頑張ってくれたのは紛れもない事実。それが伝わったのか、司波社長は「他ならぬ弋くんがそう言うんじゃ、今回は不問ってことにしてやるか」と落ち着いた。

「それで弋くん。色々あったようだけど、初めてのアーウェズトはどうだった?やっていけそう?」

 司波社長の問いに、その色々について思い返す。右も左もわからないまま森に放り出され、熊の魔物に追っかけられ、今度は門兵に殺人犯と疑われ捕らえられ、挙句の果てには魔族に連れ去られて(記憶にはないけど)殺されかけた、と……。

「……弋くん?」

「……はい。やっていけそうです」

 できるだけ自然に微笑をたたえて答える。せっかく就職できたからとかではなく、巻き込まれた先々があまりに不穏だからこのままフェードアウトするのが一番危ないと考えたからにほかならない。

「あ、そうだ。高田さん、更科さんって女性も転移してたと思うんだけど、連れてきてもらえる?」

「え?その方って一般のお客さんですよね?ここにですか?」

「ああ、ちょっと訳ありで……」


   ◇


「さて。じゃあ新人職員がもう一人増えたということで――」

 社長がそう切り出す。頑張った山田さんはというと、やり切ったという顔で真白く燃え尽きている。即興にも関わらず、恐ろしいプレゼン力だった。さすが仕事ができる男。かつうちの社長も、来る者拒まずが会社のモットーなのかというほどにスムーズに話が進んだのが、もはや心配というか怖いまであった。まあ、今さらではある。

「更科さんも、本当に配属は探索部でいいんだね?」

「はい。頑張ります」

「その意気込みは良し!龍生も大丈夫か?これまで人手は不足してたけど新規配属の二人とも新採用だぞ?」

「はい……死ぬ気で指導して死ぬ気で俺が働きます」

「いや、そこまで気張らんくてもいいと思うが……まあいいや。頼んだぞ」

 にこり、と返す山田さん。遠い目をしている。

「今の時間は……仕事もあと三十分だけか。龍生も弋くんも、今日はもう上がりでいいよ」

「いいんですか?」

「今日なんて二人ともだいぶ疲れてんだろ。別にその分を給与から差っ引こうなんてしないから安心して、今日はおしまいにしな。時間早いけど、これで三人でメシでも行ってきな。あ、俺は仕事があるから行かないから安心しろ?」

 そう言って社長が、財布から出したお札を山田さんに渡す。

「いや、社長、悪いですって!」

「いいんだよ。だけどいつも俺が出すとは思うなよ。今日だけだからな!ほら、早く行った行った!」

 俺もなんだか申し訳ないとも思いつつ、渋々受け取りお礼をする山田さんに倣う。社長は笑って、そのまま手をひらひら振ると部屋を出ていった。

「あー……じゃあそういうことだから、メシ行く?二人とも時間とか大丈夫そう?」

「はい。俺は全然」

「私も時間だとかはいいんですけど……私まで連れてってもらってもいいんですかね」

「そりゃあ、社長は二人にこそ来てもらいたかったんだろうからね!これから俺たちは三人で探索部なんだからさ」

 三人で、かあ。

 山田さんとの関係は、彼が運転するトラックに轢かれたことから始まった。それからお互いがお互いに弱みを握るようにして、半ば強引に俺はこの会社に入ることになった。

 更科さんとは、そのトラックに轢かれる直前に公園で会って、それからカフェで、さらには異世界でも。そして異世界では魔王に脅されて更科さんも「イセカイ運輸」で働くことになった。

 何の因果かわからないけど、そんな偶然がただの偶然なのかもわからないけど、この三人でこうしてイセカイ運輸なんていう奇怪な会社で、それも異世界で働くことになった。

「それじゃあ行くとするか!」

 山田さんが号令をかける。

 『イセカイ運輸 探索部』は今日ここに、新たに動き出した。きっとこの先にも困難だとか苦労だとか、それこそ死ぬ気(文字通り)で仕事をすることもあるだろう。けれど不思議と、俺なら、俺たちなら大丈夫と、そんな風に思った。

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はい。こちら『イセカイ運輸』です。 桜紗あくた @author_akuta

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