16.それぞれの使命

「山田さん、こちら僕の後輩になりました更科さんです」

「更科寧々香です。よろしくお願いします」

「後輩……え?」

「配属は探索部です」

「え?」

 挨拶、大事。部屋から出てすぐに山田さんに更科さんの紹介を済ませた。山田さんは疲労困憊の色を強めた。


   ◇


 俺たちとの作戦会議を経たシェナさんも交えて、山田さんに事の経緯を説明する。もちろん、魔王のことは伏せて。更科さんがイセカイ運輸に勤めることについては、ギルドからの推薦があったということにした。理由?そんなものはこれから考えればいいさ、とはシェナさんの言葉。とりあえず山田さんには、理由は追って説明するからなんとしても雇うようにして欲しいとシェナさんが頼んでいた。ただ司波社長へはギルドからは直接話ができないから、そこを山田さんが何とかして欲しいとも。山田さんは最初こそ無理だと断っていたけど、シェナさんに何度も何度も頼み込まれて渋々引き受けることとなっていた。

 一方で、こういう体で進めるからギルドへの口利きはシェナさんがすることになる。でも理由付けにはだいぶ困っているようだった。これで魔王の名を挙げられないんだからそりゃそうだ。

「さて、色々と想定外のことばかりだったけれど、これで何とか全て解決したというわけだ」

 山田さんはさっきから「社長になんて説明しよう……」と深刻な顔をして呟いている。まあでも、シェナさんに言わせれば全て解決したということだ。そういうことにしておこう。

「それで山田さん、皆さんはこれからどうするんだい?」

「あ、ああ。そうですね。ほんとに色々あったので時間も遅くなってしまったし、今日はここらで戻ろうと思います」

「そうか。ならまだやることもあるだろう。イグルミさんにも、アーウェズトをロクに案内できなかっただろ?じゃあまた明日だね」

「はい、そうします」

 今の今まですごい顔になっていた山田さんも、一見するといつも通りの表情に戻っている。さすが山田さん。この切り替えの早さはぜひ見習いたいものだ。

「じゃあイグルミさんとサラシナさんも、これからよろしくね」

「はい、よろしくお願いします」

「お願いします!」

「はい、じゃあ二人ともこれを使って」

 山田さんは俺たちに、五センチほどの小さな緑色の球を手渡す。

「これはなんですか?」

「そうか、弋くんには見せたこと無かったね。これはとある魔法の起動アイテムだ」

「とある魔法というのは?」

「元の世界へ帰るための魔法さ。当然こっちの世界には元々ない魔法だから、うちの社員がこの魔法を開発したんだ。厳密には魔法とは仕組みが違うとは言ってたけどね!」

 さらっと言ったけど、魔法って開発できるのか。これはすごい。「俺の考えた最強の魔法!」とかもできる可能性があるんだろうか。

「で、これを使うことで元の世界へ戻る魔法が発動する。元の世界に戻るのには必須のアイテムだから、転移者はみんな持ってるね。イグルミくんにもいくつか渡しておくから!」

 なるほど、それは重要アイテムだ。ただ逆に言えばこれを使わないと元の世界には戻れないということ。大事にしなくてはいけないな……。

「ちなみに名前ってあるんですか?」

「社内では『帰還魔法発動用球体装置』が正式名称としてあるけど、長いから『帰還球きかんだま』ってみんな呼んでるよ」

 帰還球か。正式名称はやたらとちゃんとしてたけど、これならわかりやすいな。

「さ、じゃあ帰ろうか!シェナさんも、今日は色々とありがとうございました。ほんと何から何まで先輩である俺が役に立たずで恥ずかしい限りです……。あと、うちの社長との協議の結果はまたお伝えしますので」

「ああ。よろしく頼むよ。山田さんなら上手いことやってくれるって信じてるからね」

 シェナさんの言葉に山田さんは苦笑いを返す。

 俺は改めてシェナさんにお礼を述べ、用事で外に出ていたダロさんには代わりにお礼を伝えてもらうことにして、三人で建物を出た。

「よし、じゃあ弋くん、使い方はこうだ」

 建物の外で、山田さんの教えてくれたように帰還球を思い切り握ると、クシャ、と軽い音ともに球体は弾けた。こんなんじゃ何かの衝撃で簡単に発動しそうだけど、こっちで俺がパワーアップしてるだけで実際はなかなかの耐久力にはなっているらしい。あんまりそうは思えないけど。

 その中から何か出てくるんだろうと思ったら、見えもしないけど何かがやはり出てきて俺を包むように動いているような気がした。なんとなく、これが魔力なんだと思った。

「弋くん、向こうでは一度更科さんと合流するからその場で待ってて!」

「了解しました」

 それに全身が包まれた気がしたのと同時に、ふっ、と意識が遠のいた。


   ◇


「ゼタク、いるかい?」

「――はい。ここに」

 シェナの声に、その半歩後ろから応えがあった。

「今日はありがとうね。お陰でイグルミさんをなんとか助けることが出来た」

「滅相もありません。それに助けたのはシェナ様の魔法です。私は何もしていませんし、何もできませんでした」

「魔王を追えたのはゼタクだ。私ひとりだったらあの場にいることすら叶わなかったんだから、紛れもなくゼタクのお陰だよ」

「……そういうことなら、ありがたくお言葉はいただくことにします」

「ああ、そうしてくれると嬉しいよ」

 シェナはいつもの席に戻り、椅子に座る。

「今日は特にお疲れのように見えますが、大丈夫ですか?」

「ん?まあ、そうだね。久しぶりに集中して回復魔法を使い続けたから、気疲れみたいなものかな。それよりゼタク、?」

「そうですね……観察した限りは、特に怪しい人物とは思えませんでした。何かスキルを行使している様子もありませんでしたし、最後まであの魔族に抵抗する素振りも特には見られませんでした」

「……そうか。それは実にいいことなんだが……」

 シェナはそれを聞くと、ぐだりと椅子に体を預ける。

「じゃあイグルミくんに降り掛かった今日の色々は、全て彼がツイていなかっただけというわけか。もしくは、そういう不幸を呼び寄せるようなスキルを持っていたかだけれど……そんなスキルを持ってるのなら、それこそ本当に彼はツイてないということになるのかな」

「転移者のスキルは様々なので、そういったものも無いとも言い切れませんが……。どうしますか、観察を続けますか?」

「いや、いいよ。ゼタクも別に諜報員じゃないんだから。むしろもっと自由にしてもらっていいんだからね?」

 シェナは手をヒラヒラと振る。

「いえ。私が好きでしていることですから」

「ふむ……」

 シェナは考え込むが、本人がそう言うなら仕方ないと諦める。そもそも、こんなやり取りはこれまでも何度か繰り返してきたのだから今更ではあった。

「ならゼタクに一つお願いがあるんだが、相手を眠らせる魔法って使えるかい?」

「精神干渉系の魔法は得意分野ではありませんが、簡単なものならば」

「じゃあ私に使ってくれるかい?ちょっと休みを取りたいんだ。あ、ダロにはギルド本部での用事を頼んでるから、今日はもう帰っていいと伝えといてくれる?」

「そういうことでしたら、ええ。承りました。眠るのはここでいいのですか?……そうですか。それでは――」

 ゼタクはシェナの額に指先を触れると、椅子に凭れたままシェナは眠りに落ちる。服の上からでも伝わるほどの細い腕。透き通るような白い肌。光を反射させている長い睫毛。薄い桃色の艶やかな唇。自らが仕える主君の、そのあまりに無防備なその姿。

「シェナ様……」

 柔らかな頬に手を添え、そっと顔を近づける。自分たち二人以外は誰もいない部屋で、ただ自分だけが知る空間で、シルエットが少しずつ一つになっていく。

「………………」

 ――我に返る。自ら仕えると誓った主君に対して、何を考えているんだろう、と。

 頬から手を離し、ふと外を見る。傾く陽に照らされた景色。ゼタクの頭に浮かんだのは、シェナと出会った日のことだった。今も鮮明に思い出す。シェナは覚えていないと言っていたけど、私は知っている。覚えている。忘れるはずもない。忘れられるはずもない。私はあれほど苛烈で、凄烈で、美しい命の形をあの時初めて目にした。できるものならもう一度、あの時のシェナに――。

 しかしすぐに、それが愚かな考えだと自覚する。その願いが叶わないと知りながら、否、叶わぬようにさせるのが己の役目と決めたのだ。それこそが主君の願いである限り。

「――さて。シェナ様の命を遂行するとしよう」

 ゼタクはそう呟くと、ダロの元へ向かった。

 部屋に残されたのは、静かな寝息がひとつ。ただそれだけだった。

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