15.後輩ができた

「魔王……ですか?」

 俺の言葉に「違う違う」とシェナさんが笑って答えるのを期待したが、彼女は真っ直ぐにこちらを見るばかり。それどころか、黙って頷いてみせた。

「冗談ですよね?」

「まさか。私が冗談を言っているように見えるかい?」

「いや、でも……」

 シェナさんが小さくため息をつく。

「イグルミさんの戸惑いもご最も。何せ魔王だ。ニホンに、というかそちらの世界には魔王も勇者もいないと聞いているが、概念としては存在するものだとも聞いている。そしてそれはこの世界での魔王と勇者のそれと大きくは変わらない」

 シェナさんの言う通りなら、余計に理解できない。

「でも魔王ですよね?なんでそんな人が――魔王が俺を助けるようなことをしたんですか?」

「その疑問も、ご最も。一応だけど、魔王と魔族は仲間と言ってもいい。魔王は魔族と魔物の主みたいなものだ。それなのに魔王は、魔族側につかずに人間種であるイグルミさんを助けた。それは何故か?」

 シェナさんはひと息ついて続ける。

「答えは実にシンプルだ。

 魔王が敵では無い?でも魔王だぞ?さっきシェナさんだって、魔王は魔族や魔物の主だって言っていた。そしてあの魔族は明らかに俺を仲間とは見ていなかった。それなのに、魔王が敵ではないって?

「確かに信じ難い話ではある。でもこれが真実。そしてその証明には証拠は必要だ。何よりイグルミさんにはその時の記憶が無いんだから。そう思わないかい?」

「それは、確かに」

 その時、軽い音が部屋に響く。ドアがノックされた音だった。

「ちょうどいいタイミングだ」

 シェナさんは立ち上がり、そして部屋の入口に立つ。

「ではイグルミさんに紹介しよう」

 こちらを見て、そしてドアを開いた。

「こちら、サラシナ・ネネカさん。

「………………」

「あ、弋さん、どーも」

 恥ずかしそうに笑う彼女は、紛れもなくあの、更科さんその人だった。

「……えっと……え?」

「お久しぶりです、弋さん」

「おや?二人は知り合いだったのかい?」

 少し驚いた表情をするシェナさん。どうやら僕らのことについて特には聞いていなかったらしい。

「はい。前に、もう一個の世界の方で弋さんに助けてもらったことがあって、その時に」

「へえ、イセカイ運輸の関係とかじゃなくって?それはすごい偶然だ。イグルミさんも、いい人じゃないか」

「そんな、助けただなんて。大したことはしてないですよ。ほんとに」

 またまたー、とはシェナさん。

 それより。そんなことより。

 俺はひとつ息を吐いてから尋ねる。

「えっと、それでどうしてここに更科さんが?というかシェナさん、更科さんのことイセカイ運輸の職員って言いました?聞いてないんですけど」

「まあまあ、質問は順番にね。まずサラシナさんがここにいるのは、イセカイ運輸のお客さんとしてこっちの世界にいたところを、たまたま、色々あって私がここに呼んだからだ。サラシナさん、そうだよね?」

 はい、と頷く更科さん。俺としては、たまたま色々あって、のところが知りたいんだよなあ。大丈夫?今ので説明終わり!とかじゃないよね?

「あと、サラシナさんが職員になったということについてだが――」

 話を続けるシェナさんはちょっと笑いながら言う。

「サラシナさんが魔王に、イセカイ運輸の職員になれ!って脅されたからかな。そうだよね?」

「そんな感じですね」

 更科さんもにこやかに答える。お互い和やかな感じで話しているが、その雰囲気の似合う内容の話ではない。そんな感じってどんな感じで?いよいよ、全くもってわからない。

「じゃあここからは詳しく話していくとしよう。サラシナさんもとうぞ、座って」

「ありがとうございます」

 にこやかに答える更科さん。二人のやり取りを見る限りではあんまり嘘をついてるとか、特別に裏があるような感じはしない。

「それじゃあ話はだいぶ逸れたけど、イグルミさんがあの魔族に連れ去られたあとの話をしよう。そうすればサラシナさんのことも説明できるしね。とりあえずイグルミさん、何かここまでで新しく思い出したことはあるかい?」

「いえ、特にはないです」

「なら掻い摘んだりせず、順番に話すとしよう。ただ、その前に重要なことを伝えておかないといけない」

「なんですか?」

 するとシェナさんは身を少し屈め、声を低く抑えながら答える。

「二人とも、これから話すことや森で何があったのか、何を見たのかっていう一切は他言無用だ。守られなかった場合は……」

「「……守られなかった場合は?」」

「その魔王が全力を持って二人の記憶を消しに来るだろう。でも魔王もそんなに器用じゃないかもだから、記憶どころか二人の存在ごと――」

「わかりました!言いませんから話を続けてください!」

「ああそう?それならいいんだ」

 ケロッと、シェナさんは元に戻ると、意地悪っぽく笑っていた。果たしてどこまで本当のことを言っていたのか、俺には判断つかなかった。

「さて、じゃあ寄り道もここまでにして続きを話すとしよう。言ったように、君は例の魔族によってアーウェズト国内から何かしらの魔法で外に連れ去られ、そこに魔王が現れた。魔王の話では、君を魔王への貢ぎ物として連れ去っていたらしい」

「貢ぎ物、ですか」

「ああ。だが魔王自身、別に人間種をとって喰らう訳でもなし、全くもって余計な気遣いだとは言ってたけどね」

 魔王といえば人間の敵であって、それはもう人間なんてなんとも思っていないような存在だと思っていたけど、少なくともそれは違うらしい。

「とはいえ貢ぎ物を手に入れた魔族は、それを魔王に献上するつもりだった。魔族に成り立てだったらしいが、魔王に何か取り計らってもらおうとか考えたらしい。生まれたばかりでそんなことを思うんだから、魔族や魔物は魔王という存在を本能的に理解しているんだね。知識としては知っていたけど、やはり興味深い話だ」

 シェナさんが楽しそうに軽く頷く。

「でも魔王はそんな貢ぎ物なんていらないんですよね。魔族のそれが本能的な考えだとしたら、魔王も本能的に貢ぎ物を欲したりするもんじゃないんですか?」

「……面白い視点だ。しかし魔王というのは『魔王』という型ではありつつも、全員が画一的なものではないんだ。人間種だって同じ『王』でもみんな考えることなんてバラバラだろう?あくまで例えに過ぎないが、そんな感じだ。そして今代の魔王は特に、これまでの魔王とは考え方から何まで違っていてね。ただの『魔王』という認識でいるのは、と私は思うんだよ」

「だから魔王は……人間種の僕を助けたということですか?」

 シェナさんはしっかりと頷く。

「だが、そうはいっても魔王という立場だ。人間種と仲良くしているなんてことが公になれば、魔族や魔物の殆どが敵に回ることは目に見えている。魔族や魔物が人間種の敵というのは、変えようのない決まりきったことだ。それに対して魔王が何と言おうと、それが変わることはない。絶対にだ」

「だから僕らには黙っているようにと……でもなんで話してくれたんですか?そもそもシェナさんはそのことを知っていたんですか?」

「イグルミさんもサラシナさんも既に魔王には出会ってしまっている。イグルミさんだって今は忘れていても、何かの機会に思い出すかもしれないだろう?だからいずれこれは伝えておかないといけなかったんだよ。そして私が魔王のことを知っているのは、単純に言えば私と魔王が『友達』だからだな」

「友達?」

「ああ」

 シェナさんは真っ直ぐにサラシナさんを見ながら言う。どうやら嘘ではないらしい。

 そして嘘でないならどうなのか。結論、俺は余計に困惑する。

「念の為だが、私はちゃんと人間種だ。そこは安心して欲しい。あくまで魔王が人間の敵ではなくて、別に私自身も魔族や魔物全体に対しては特に怒りや憎しみを感じてはいない。ただそれだけだ」

 それだけかあ。

「さ、話の続きだ。その魔族は、イグルミさんを貢ぎ物としようとした。それを魔王が断った。別にそんなものはいらないってね。すると魔族は――こういう短絡的なところは魔族に共通しがちなんだが、イグルミさんが必要ないからと処分しようとしたんだ」

「処分……処分ってどういうことですか?」

「そりゃあイグルミさんを殺そうとしたんだよ。こう、腕でグサリとね」

 シェナさんは言いながら指先が伸びたままの右手を前にシュッと突き出す。普段からやり慣れているような動きだと思った。気になるのは、パンチなんかじゃなくてちゃんと腕ごと刺し殺すような風に見えることだけど。

「……一応聞きますけど、それ、刺さったりしました?」

「もちろん。殴ったとかじゃないし、なにせ相手は魔族だからね」

 さも当然のようにシェナさんは言う。確かにさっき目覚めてから時に胸の辺りが痛い。でも特に身体に穴が空いているようなことはないけど……。

「それで、僕自身の身体は無事なようなんですけど、何があったんですか?」

「それなら私が治した」

「シェナさんがですか?」

「ああ。こう見えて回復魔法は得意でね。とはいえあの時はギリギリだったと言わざるを得ない。まだ痛みが残ってるのがその証拠さ」

「そうでしたか。じゃあシェナさんは僕の命の恩人ということですね。ありがとうございます」

「それほどでもないよ。むしろアーウェズト国内に中に魔族が現れることを想定していなかったギルドの落ち度でもあるからさ。今朝の事件の解明にと犯人探しに出ていった魔王を尾行していたのが功を奏したね。ま、魔王にはバレてたけどね!」

 魔王はそこまでアーウェズト、というかシェナさんに協力的なのか。わざわざこの国の内々のことまで手を貸すだなんて。

 それに色々驚くことはある。シェナさんも魔法が使えるのか……いや待て、この世界では普通なのかもしれない。山田さんだって俺を探すのに探知魔法を使ってたって言ってたし。そうなると俺にも魔法が使えるということか!?

「……更科さん。もしかして更科さんも魔法って使えるんですか?」

「私?使えますよ。私に限らず転移者もみんな簡単な魔法なら使えますかね。弋さんも使ったことがないなら私が後で教えてあげますね。すぐできるようになりますよ」

「それは、ありがとうございます」

「いいえ!」

 そうか、魔法ってみんな使えるのか。単純に好奇心の塊として使ってみたいというのもあるし、ここまでの経験から自己防衛として身につけておかないとという危機感もある。こっちの世界に来てからもう既に二回は必要性に迫られている。きっとこれからも必要になると、本能もそう言っている。

「それで、魔族は魔王によって倒されたんですか?」

「ああ。それはもう一瞬だったよ。私にも正直、何が起こったのかはわからなかった。サラシナさんは見えた?」

 いえ、と答える更科さん。

「そういえば更科さん、その時ってどうしてそこにいたんですか?」

「それが、たまたま近くで魔物と戦ってて、帰ろうとしたら偶然声が聞こえて、こっそり近づいてみたら弋さんとその魔族だったんです。弋さんが危ないのは見てすぐにわかったんですけど、助けようにも私じゃどう見ても力不足だったので助けを呼ぼうかとか迷ってたら、魔王って名乗る人が現れたんです」

「おや、サラシナさんにはあの魔族が格上だってわかったんだ?」

「え?そう、ですね。そんな気がしたってくらいですけど」

 更科さんの答えを聞き、シェナさんは満足そうな顔になる。

「いやあ、これは有望だね。ぜひアーウェズトの憲兵団の連中に戦い方を教えて欲しいものだ」

「それはちょっと……」

「ふ、半分は冗談さ。それで、なんとなく何があったかはわかったかい?」

 とりあえず、時系列に沿っての出来事は教えてもらって理解できた。もちろん細かいところで聞きたいことや頭ん中でごちゃついてることもあるけど、なんとなく、という点において「はい」と答えた。

「よろしい。それで、魔族は魔王により討伐され、イグルミさんは死なずに済んで、サラシナさんも魔王に存在は当然気付かれた。そうなると、サラシナさんを普通のお客さんとしておくのは危機管理の観点から流石にまずいだろうということで、無事にイグルミさんとイセカイ運輸の職員としてこれからやってもらうこととなった訳だ」

 そう、シェナさんの言っていることはわかる。これで更科さんを自由の身にというのは難しいだろう。せめてイセカイ運輸の職員ともなれば、ある程度の管理下にはおかれるようになるわけだけど。ということは更科さんも俺と同じ探索部になるというわけか。

「……更科さん。いいんですか?その、急にここに就職だなんて」

 更科さんに尋ねると、うーん、と悩んでから「こうなったら仕方ないよね」と笑顔で返ってきた。そういうもんかなあと思いつつ、更科さんの人の良さのようなものに感動を覚える。

「じゃあ、そういうことだから!弋さん、よろしくお願いしますね?」

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」

 こうしてイセカイ運輸に入社して一週間もせず、俺には後輩ができたのだった。

 ……さてはこれ、一番大変なのは急に後輩二人抱えることになった山田さんなのでは?今日の時点でぐったりの様子だったから(ほとんどの原因は俺の絡みなのは言うまでもない)これからが心配だ……。

 飲みに誘われたらちゃんと行くようにしよう、せめてものねぎらいにと、俺はそう心に誓った。

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