14.魔族と魔物

「――ん、起きたか」

「……えっと、ここは……痛っ!」

「ああ、まだ大人しく寝ておいた方がいい。見てくれだと傷はなんとか塞がってるようだが、まだ体内まで元通りというわけじゃないだ。ほら、これでも飲んで横になりな」

 そう言ってシェナさんは、コップに入った水を渡す。周りを見渡すと、どうやらアーウェズトのギルドの一室で眠っていたようだ。 胸の辺りがズキズキする。特に触った感じ、何かあったようには見えないけど……。

 はて、どうして俺はこんなところにいるんだっけ……?

「……弋くん」

「山田さん」

 部屋のドアが開き、そこから山田さんが入ってきた。しかしいつもの元気はどこへやら、どうにも酷く疲れたような顔つきになっている。まるで別人だ。

「またしても、本当にすまない」

「えっと……なんのことですか?」

「覚えてないのか?」

「森に転移した時のことですか?さすがにそれくらいなら覚えてますけど、それならもう大丈夫ですよ?」

 その答えに、山田さんは残念そうというか、また悲しそうな顔になる。

「……わかった。とりあえずシェナさんから貰ったものは飲んだ方がいいよ。僕ら風に分かりやすく言えばポーションみたいなものらしいから」

「ボーションですか」

 そう言われても、まあどう見ても水だな、と、そんな感想を持ちながら少し飲んでみると確かに水では無いらしい。ちょっと苦い感じがするのと、口の中でまとわりつくような感じもする、気がする。飲みやすく色々工夫された薬と言われればしっくりくる。

 よくわからないけど、とりあえず薬なら最後まで飲みきった方がいいんだろうということで最後まで胸の辺りの痛みを堪えながら飲みきった。後味は特にイマイチかも。

「ありがとうございます」

「ああ。美味しかったかい?」

「いやあ……そうですね……」

「ははは。無理しないでいいさ。まあ横になりなよ。話は私からするとしよう。聞いていれば何か思い出すかもしれないよ」

 はて、思い出すとはなんのことだろうか。

「だが、話す前に確認だ。イグルミさんが覚えているのはどこまで?街中で魔族に会ったのは覚えてる?」

 魔族……。

「……魔族ってあの灰色のやつみたいなのですかね。――あ!そういえば俺、魔族に捕まって森の中へ連れてかれて……えっと、それからどうしたんだっけ……」

 確か、山田さんにアーウェズトの説明を散策しながら聞いていて、途中であのゴブリンみたいなのが現れたんだった。それで何故か俺が人質みたいになって、それから魔法なのか地面を潜って、目が覚めると森にいた。大丈夫。なんとか覚えてる。というか思い出せる。でもその後のこととか今自分がここにいる理由とかは……。

「――なるほど。じゃあそこまでのことは覚えているし、逆にそれからのことは覚えていないということでいいかい?」

「そうですね、なんかこう、もやっとした感じで頭にあるような気もするんですけど……」

「わかった。それはそれは、実に。じゃあそこからの話をしよう――あ、悪いのだけれど、ヤマダさんは席を外してもらえるかい?」

「あ、俺ですか?別にいいですけど……」

「すまないね。あと、の体調が戻ったらこの部屋に来てもらえるようにお願いできるかい?」

「はい、わかりました」

 そうして、山田さんが部屋を出るまでを二人で見届ける。扉を閉める最後まで、俺の事を気にしているようで申し訳ない気もした。

「ごめんね、イグルミさんには話さないといけないけど、できるだけ他人の耳には入れたくないことでさ」

「他人だなんて……それって山田さんにもですか?」

「ああ。イグルミさんと、まあ他にはあと一人といったところかな」

「あと一人って、さっき『彼女』って言った人のことですか?」

「そうだ。直に来てくれるだろうけど、だいたいは彼女に話す必要もないことだから始めてしまおうか」

 そしてシェナさんはひとつ咳払いをし、ベッド横の椅子に座る。

「ではまず、イグルミさんを連れ去ったあの魔族のことについてだ。と言っても詳しい情報はないんだ。もう死んだし関係ないんだけどね」

「え、死んだんですか?」

「ああ」

 実にさらっと言ってのける。俺も覚えてないことも多そうだけど、街中で対峙した時には山田さんの攻撃を簡単に躱していたと思う。そういえば山田さん、人間は魔族に勝てないって言ってたっけ。いや、魔族じゃなくて魔物って言ってたっけ?

「あの、ちなみに魔物と魔族って別物なんですか?」

「そうだね。街中でイグルミさんたちを襲ったアレは魔族だ。魔族っていうのは、何らかの理由で私たちと同じ言葉を理解し話せるようになった魔物のことだよ。それは魔物が生きてるうちに突然変異的になるとか、例えば何か特別な物を食べてそうなるとか、はっきりとしたことはわかっていないんだ。とにかく、私たちと同じ言葉を話していれば魔族、それ以外は魔物という考えでおよそ間違っていないかな」

「じゃあ、魔物が進化したのが魔族ってことですか?」

「それがね、逆に魔族がある時急に言葉を使えなくなることもあるんだ。あとは生まれつき言葉が話せる魔族だって珍しくないし、一概に進化の関係とは言えないかな。それに魔族の方が魔物より強いとも限らない。もちろん個体差の問題もあるし――魔物は全体的に力のリミッターみたいなのが外れているとも言われている。人間種や魔族はこれのせいで単純なパワーとかは本来の何割ほどしか出せてないっていうのが通説だよ。まあ、魔族と魔物の話はこの辺にしようか」

「すみません、話の腰を折りました」

「いえいえ。少しずつ覚えていけばいいよ」

「ありがとうございます」

 聞いた限りでは、いずれ人間の言葉が話せるかどうかという区分けでだいたい問題は無さそうだ。つまりはこの世界で最初に出くわした熊みたいなのは魔物ということなんだろうけど、確かに力のリミッターって点においては納得感がある。

「じゃあ話を戻すよ。イグルミさんたちを襲った魔族だけど、さっき言ったようにもう死んでいる。そして、街で起こった殺人事件の犯人もあの魔族ということで正式に国から決定がされた。これはイグルミさんが目が覚めるまでの出来事だ。とにかくこれでイグルミさんの身の潔白も証明されたというわけだね。ひとまず安心したまえ」

「それはなんというか、良かったです」

「そうだね。さて、ここに重要になってくるのが誰がその魔族を殺したのか、ということだ」

「誰がって、アーウェズトにいる憲兵団じゃないんですか?」

 俺が聞くとシェナさんは少し固まってから、あっはっは、と笑う。その豪快な笑い方が彼女の見た目やこれまでの印象とはかけ離れていたのでちょっとびっくりした。

「国の憲兵団なんて魔族にも、魔物にだって勝てやしないよ!――ああいや、失礼」

 シェナさんはすぐに元の顔に戻って続ける。

「もちろんこれは相手の魔物や魔族次第だが、一人対一体でも勝てる憲兵だっているとは思うよ。こちらが複数人で戦えば一人一人の能力がそこまででもいい結果が残せる。ただ、これは私が彼らを見くびっているだけかもしれないが、あの魔族には十人でも力不足だったと思う」

「そんなにですか」

 確かにあの魔族は、武器を持った山田さんを相手にしてだいぶ余裕そうには見えた。でも俺には強さを測る指標がないからとはいえ、そこまでとは思いもしなかった。

「あれは魔族の中でもかなりの強さだったはずだ。しかし恐ろしいのは、ヤマダさんが言っていたがあの魔族、魔物から魔族へと成ったばかりだったというじゃないか」

 そういえばそんなことを言っていたような気がする。

「でも魔族が魔物より強いとは限らないんですよね?」

「そうだ。だが魔物と魔族では戦い方が、身体の使い方や魔力の扱い方が大きく異なる。だから魔族としてある程度の戦闘経験を積まないと本来の強さの僅かしか力を発揮できないんだよ」

「じゃあ弱いうちに戦えたのは運が良かったということですか」

「そうと言えばそうなんだが……今回に限って言えば別にどの状態であっても結果は変わらなかったかな」

「どういうことですか?」

 質問にシェナさんは難しそうに顔をしかめる。そしてシェナさんの口から聞こえてきた言葉は、聞き間違いかと思うようなものだった。いや、むしろ聞き間違いであってほしかった。

「その魔族を殺した奴こそ――正真正銘、魔王そのものだからだよ」

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