9.神様の贈り物

「………………んん」

 静かな空間に降り注ぐ穏やかな光。自然と開く両の目。そんな、いつ以来だったかのいい目覚めだった。

「ここは……」

 起き上がるとそこは、なんとなく、いつか見た風景に似た空間だった。

「……初めて異世界に来た時、こんな所だったな」

 それは、そう前でもない話。とはいえ初めての転移先がどんな所だったのか、正直なところ、確かに森の中だったなというくらいしか言えることは無い。「ナントカさんってあの有名人に似てる気がする」って実際に写真とで見比べると「あーでも雰囲気だけだな……」ってなることってあると思う。たぶんこの森だってあんな感じに違いない。

「よいしょ……っと」

 勢いをつけて、上体を起こす。

「……山田さん?」

 ぐるり、首を回して辺りを見回す。しかし、一緒に転移したはずの山田さんの姿が見えない。

 とりあえず立ち上がって、服の汚れをはたいて落とす。ちゃんと現実世界で着替えた服装になっている。

 さて。とにかく問題は山田さんだ。もしかすると俺のほうが先に来てしまったのかもしれない。トラックには二人で同時にぶつかったつもりだったけど、例えば山田さんは失敗して一回では来れなかったとか。

 いずれにしても、ちょっと待てば山田さんも来るだろう。そう思って、木の陰に隠れるようにしながらしばらく待つことにした。

 ………………。

 しかし、一向に山田さんは現れない。

 じっと到着を待つ間、思い出されたのは最初に転移した時のこと。全く同じではないにせよ、異世界には変わりない。俺はあの時、あの世界ではちゃんと死んでいたらしい。そしてドラゴンは言うまでもなく、あのツノの生えたウサギにだって、たった一匹でも俺を殺すこともできたのはないか。そんなことを不意に考えては、山田さんを目で探しながらも、静かに山田さん以外に何かが現れないかと警戒を強めた。

 どれだけそのまま待っていたか、時計もないから正確にはわからない。前はステータス画面みたいなのがぱっと現れたけど、いくら手で空中を動かしても何も起きやしない。何一つとしてゲームのような感じもしなく、ただ知らない森の中に放り出されただけのようにさえ思えた。

 ただ、ここは間違いなく異世界。いつこの前のようなドラゴンだとかに出遭うかもわからない。ここが森の中ということもあり、このままじっと待ち続けることは俺にはできなかった。

 俺は意を決して、この場を離れることにした。

 最初に俺が寝転がっていた場所の近くには、整備もそこそこだが、恐らく道のようなのが一本伸びていた。もし本当にこれが道なら、辿っていけばその先には町や施設があるに違いない。第一、転移した先が何もない森のド真ん中なんてのは、ちょっと優しさが足りていないと思う。そう、つまり目的地が近くにある可能性が高い!むしろそうであるのが普通!そう勝手に解釈し、とはいえびくびくしながら道の端を歩きながら、先へ先へと進んで行った。もちろん、右か左か、前か後ろかなんてのは適当に。

 道中、茂みの中に短剣が落ちているのを見つけた。警戒しながら慎重に歩いていた成果かもしれない。鞘のだいぶ汚れている様子から、誰かに捨てられてしばらくそのままだったように見えた。そして、やっぱり中身を出すといくらか刃こぼれしているようでもあった。たぶんだけど、鶏肉とか切るのも難しいんじゃないか?

 ただ、いつ前みたいな危険生物が現れるかわからないのが異世界だと俺は知っている。手ぶらでそんなところを彷徨うのはあまりに心細かったので、例え刃こぼれしていようが錆び付いていようが、その短剣はいただくことにした。いや、ちょっとの間だけ借りることにした。

 ……ただ一方で。もしもこれが、煌びやかな宝石で見事に装飾された一本だったとしよう。そうだったなら俺は絶対に拾わずに、元あった場所に戻していたに違いない。だって怖いから。後で誰かから盗人扱いとかされそうだし。これがボロい剣でよかった!

 と、そんな訳で俺は武器を手に入れた。もちろん剣なんて使ったことは無い、ただの一般人の弋灯哉その人。武器といってもまともに扱えるわけは無いので、せいぜい牽制に使えたらいいなと、そんな気持ちだった。

 ――さて。

 この世界には神様がいるとウチの社長が言っていた。唯一神ナントカって神様。たいてい異世界転生っていえば、死んだ後に神様が現れて「あなたには素晴らしい能力ちからを与えましょう!」とか言って異世界に送り出す。そしてこれが転生先の世界では規格外の、いわゆるチート能力だっていうのが鉄板の流れだと思う。少なくとも俺が知ってるのはほぼそんな感じ。

 ここの唯一神サマも、全く話が通じない訳ではないらしい。めっちゃ強い!この能力さえあれば最強!とはいかないものの、強さ至上主義の時代からはあまりに長い月日が流れた現代の日本という国に生まれた、弱々っちい俺に施しをくれていた。

 何かというと、単純な話、身体能力の向上だ。

 なんかこっちに来た時から身体が軽いかな?くらいは感じてはいたけど、例の剣を試しに振り回してみると、使っているのが自分の体じゃないみたいに、ぶんぶんと音を立てて動き回った。ジャンプをすれば体感二倍くらい高さが出るし、空気を思い切り殴ると、むしろ勢いで身体が持ってかれそうになるくらい。極めつけは――。

「はあ、はあ、なんで、こんな目に……!」

 大きめの熊みたいな獣に猛然と追いかけられても、今みたいになんとか距離を保てている。ありがとう神様!お陰でまだ俺は生きています!でもできれば、この状況を何とかする能力が欲しいかな!

「あっ」

 神様もあんな上から見てるから、そこら辺に転がってる石なんて気づくはずなんてなかったようだった。

 幸いにも身体は超強化されてたから、やったこともない受け身(自称)を成功させ、しかし地面に座り込むことになった。そのまま迫ってくる熊を見上げるようにして対峙する。

 真正面からこうしてちゃんと見ると、それはまったくもって怪物って感じの顔をしている。相手を威嚇し恐れさせる、そんな顔。

 ――だけど、不思議と俺にはそこまで怖さを感じなかった。今の今まで、ただ眼前に迫る危険から逃げることしかできなかったのに。でも少なくとも今は、冷静に自分がいま置かれている状況を整理できるくらいに落ち着いている自分がいる。身体能力同様、精神面でも何か補強がされているのか何なのか、そんなことはわからない。ただ俺は、静かに唯一の武器を引き抜いた。

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