3.ちょっと強面オールバック

 ペチペチペチ。

「う……」

 刺激を感じ、俺はゆっくりと目を開く。視界に入ってきたのは、赤く染まった空と、しかし逆光で真っ暗に写った……。

「……おお!良かった!目が覚めたか!」

「はっ……」

 それはこの状況に危機的なものを感じた、動物的な直感か。俺は反射的に勢いよく上体を起こして……。

 ごんっ。

「いっっっ……!!」

「いってえええ!!」

 頭を思い切り、にぶつけたのだった。

「はああいってえ……。ちょっ、急に起き上がるなよ、危ねえじゃねえか!というか既に事故だよこれ!」

 随分な音を立てた頭を押さえながら、大声の方を見る。

 それは茶髪オールバックの、三十半ばくらいの男の人だった。

「あっ、すみません。びっくりしてつい……」

「……ああ、いや、こっちこそ悪い。目が覚めたら目の前にこんな顔の男がいりゃ、そりゃあ驚くってもんだ」

 実際は顔なんか見てなかったけど、確かに改めて見るとなかなかにやんちゃしてそうな風貌ではある。銀のネックレスが光を反射させ、余計にそれを際立たせている。

「それより、だ」

 彼はそう言うと、まるで慣れた様子で、土下座の姿勢になる。

「えっ」

「すまん!そんなつもりじゃなかったんだ!」

 ジャパニーズ・ドゲザ。それもだいぶ綺麗な姿勢の。(そもそも比較するような土下座を目の前で見たことは無い)

「え?ど、どうしたんですか!?」

「……自分がそこに横になってた理由、覚えてないか?」

「理由……」

 そういえばなんとなく、新鮮な体験をしていたような……。具体的には、こんがり上手に焼けましたの肉の気分というか……。

「あ」

「思い出したか」

「そういえば確か、ドラゴンが吐いた炎に燃やされたような……」

「ドラゴ――ん?」

「あ。あと、その前にはたくさんのウサギに……」

「待て。待て待て待て。ドラゴン?ドラゴンって言ったか?」

「はい?あ、そうですね、ドラゴン――って、ああ。すみません。これはあくまで夢の話なので、真に受けられると恥ずかしいというか」

「いや、待て。待ってくれ。そうじゃないんだ。夢でも構わないから、ちょっとその時のことを聞きたいんだよ」

 なぜか随分と真面目な顔でそう言われたものだから、内心では割と恥ずかしいながら、断ることもできない。よく分からない状況に、俺は相手に合わせ、すっとその場に正座する。

「そういうことなら、話しますけど」

「ああ」

「とはいえあまり真剣に聞かれると恥ずかしいんですけど」

「ん?気にしないでくれ。ちょっとだけその話が、俺の今後の、具体的には俺の命に関わる可能性がある程度のことだから」

 ……気にするなという方が無理があるな。

「ちなみに話してくれないと後で危険に晒されるぞ。俺が!」

 まさか我が身を人質に脅されようとは思わなんだ。人生何があるかわかんないもんだなあ。まあ仕方ない。

「わかりましたけど……ほんとに聞くんですか?」

「ああ。俺を助けると思って!」

 もし話す相手が友達とかなら、いくら頼まれようとあんな恥ずかしい夢物語を話すことはしないだろう。ただ今回は会ったばかりの知らない男性だから、まあギリ妥協できるかなくらいで話してもいいと思った。あんなに頼まれたのに断るのもかえって恥ずかしいまであるし。

 そうして俺は、記憶を頼りに自身の身に起こったことを話す。スタートは知らない森で目覚めたところから、最後は海外映画さながらのクライマックスまで。

 口にすれば、せいぜい二、三分程度のその話を、その人はまあ真剣な眼差しで、ただただ黙って聞いていた。案外命が懸かっているというのは嘘でないのかもしれないと、そう思うくらいだった。

「――というわけです。何度も言いますが夢の話なんで、むしろどうでもいいかもですが、ちょっと忘れてたり間違ってることもあったりしたかもしれないです」

「ああ、気にすんな。だけど、見たのがドラゴンってのは間違いないんだろ?」

「そうですね。確かに印象は強いので、少なくとも見た目は話したような感じですね。炎も吐きましたし」

 そもそもだ。たとえ夢だとしても、ドラゴンだとかあやふやな存在をに対して自信持って「見ました!あれはドラゴンでした!」とか言えるわけが無い。少なくとも俺がアレに名前を付けるとすれば、それはドラゴンしかないってくらい。この男の人がドラゴンってことにだけ突っかかってくるから言いづらいけど、言えるなら「自信ないです!覚えてないです!知らん生き物なので!」とか言いたい。

「……よし。ありがとう。参考になった」

「?ありがとうございます」

 とりあえずお礼。礼節、大事。

「じゃあ教えてもらった代わりに、俺からいくつか教えてあげよう」

 そう言って、彼は人差し指を立てる。いつの間にか足は崩していた。

「はい」

「ひとつ――君は、トラックに轢かれた」

「……は?」

 脈絡もなく、急にどうしたっていうんだ?トラックに轢かれたって?

 別に俺は気づいたら森の中にいただけで……ってこれは夢の話か。ん?じゃあなんで夢なんて見てたんだっけ?

「わけがわからないってところか。とりあえずこれを見ろ」

 彼はそう言って俺の後ろを示す。確かにそこにはトラックがある。

「これ、君が轢かれたトラックな?……だからそんな顔するなって。逆に覚えてないのか?俺がこいつを運転してたら、突然敷地の外から、そこの入口から走ってきた君が、この前に飛び込んで来たんだぞ」

 飛び込んで……。

 そういえば公園で色々あって、そっから逃げ出したら周りがよく分からなくなったから、適当に人のいなそうな建物というか敷地に……。

「………………あ」

「よし、思い出したな」

 薄い色味だった記憶がだんだんとはっきりとして、俺はすっと額を地面に落とす。さっき見たばかりの彼の土下座を参考に。

「――誠に申し訳ありませんでした。門の奥も暗かったので、まさか車が走っているなんて思わなくて」

「いやいや待てって、別に謝ってほしかったわけじゃなくてだな!というかむしろ、無灯火で車動かしていた俺も悪かったんだからさ!」

「いえ、そもそも勝手にここに入ったのが良くなかったわけですし」

「まあそれは、そういう見方もあるけどさ、やっぱりこの暗さでライトのひとつもつけないでいれば、まさか車が走ってるなんて思わんだろうし!」

「でもそもそも駆け込んできた奴に気づけるわけでも――」

 お互いに再び膝を向かい合わせながら、こんな感じで段々と日が暮れていったのだった。

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