2.亀毛兎角な話
ペチペチペチ。
「う、ああ……」
刺激を感じ、俺はゆっくりと目を開く。木々の隙間から見えるのは、赤く染まった空。なんとなく、ただなんとなく違和感を覚えながら、今の状況を思い出そうとする。
女性に絡んでたナンパ男を追い払って、そっから逃げて……あれ?
ペチペチペチ。
「うわあ!」
さっきと同じ感触を頬に感じ、驚いて上半身を起こす。
「……ウサギ?」
そう。頬を叩いていた正体は、ウサギ(?)だった。そいつは起き上がった俺を見ると、一目散に森の中へ逃げていった。
こんな街中で、ウサギなんて見かけることあるんだな。それに、人間にこんなに近づいてくるなんて。俺も俺で、
……いや待て。
ウサギって、ツノなんて生えてたっけ?
するとさっきの生物が逃げ帰った木の茂みが、カサカサと揺れる。そうだと思えば、そこからさっきのツノウサギがぴょこんと顔を出した。一匹、そして二匹、三匹……。
白い可愛らしい顔と、それに似つかわしくない鋭利なツノが茂みにいくつも並び、俺は直感で悟った。
あ、これはやばい。
俺はそれはもう、脱兎のごとく走り出した。
そして走り出すと同時に、辺りが全く知らない土地だと気がついた。
鬱蒼と生い茂る草木。なんとなく獣道のように伸びているけど、とても整備などされていない足元。少なくとも、生活圏にこんな場所は心当たりがさっぱり無い。
ある程度走ったところで、後ろを振り返る。
どうやら、あのウサギっぽい生物たちは追いかけてこなかったらしい。
「……はあ、はあ。なんなんだよ、一体!」
膝に手をつき考える。考えるが、特に思い当たるものは無い。少なくとも、ここは俺も全く知らないところ。どこか遠くの山の中に投げ出されたような、そんな風にしか思えない。
……そうだ。こういう時こそ文明の利器に頼ればいい。
幸いにも俺は、そういう時代に生まれた人間。かつ、それらを活用する方法を身につけてきた側の人間。いわゆる現代人とは俺のような人間を指す。
そんなわけでポケットからスマホを取り出して地図を見る――つもりだったが。
「あ、あれ?スマホがない?」
血の気が引く。走ってた途中で落としたんだろう。そうでなければ、さっきまで俺が寝てた間に誰かが盗ったかだけど、それはあまりに根拠がないから考えないでおく。
いずれ困った。非常に困った。いくら文明が進化しようと、それら文明の成果物が無ければ、恩恵を享受することは叶わない。
例えば、そう。未来の話、スマホなんか持ち歩かずとも、こうして手を空中にかざせば画面が出るようになれば、こんなことにはならなかったのだけど……。
そんな、今は全く意味の無いことを思いながら、意味もなく空中に手をかざしてみた。
ぶおん。
「………………」
ああ、なるほど。こういうのってなんて言うんだっけ。ドリーム。トロイメライ。嘘、もちろん知ってる。これは夢。目を開けてると見えなくて、目を閉じてると見えるものってなーんだ?答え、夢。人間は夢見ることのできる生き物だからこそ、こうして夢を実現できるのだ。何を言ってるのかって?俺にもわからない。
『イグルミ トウヤ
レベル1
スキル 無し』
何も無いはずの空中に現れたのは、どう見てもステータス画面というやつ。それもゲーム開始直後にしか見られない、余白ばかりのやつ。
「……ふう」
ということは、だ。少なくとも現代にこんな技術はなく、そういえばさっきのウサギも未知の生物に違いないのだった。つまりここは。
「やっぱり夢の中ということね」
なら話は単純。俺はここで、夢から覚めるのを待てばいい。なんならさっきのウサギでも愛でに行こうか。危なそうなツノがある点さえ除けば、あとはただ可愛いだけのウサギだった。ましてや夢で危険性なんて気にする必要も無いわけで……。
あ、そうそう。そういうことだから。
『グルルルル……』
たとえ全身に浴びせられる温かい風に振り向いたら、それが巨大なドラゴンの鼻息であったとして。つまりは目の前にそんなやつがいたとして。
何も心配ないのだ。
『スゥ……』
そう。それはもちろん、目の前のそいつが口を大きく開いたら、その奥から熱風が込み上げてくる様を肌という肌で感じることになったとしても。
何も、何も心配はないのだ。
『………………』
「………………」
まあ結局、今から逃げても間に合わないからね!
『グオオオオオオオオ』
炎とともに一瞬だけ全身が『痛み』に包まれたのを感じつつ、再び意識は彼方へと飛び出していった。
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