はい。こちら『イセカイ運輸』です。
桜紗あくた
第一章
1.無職、飛び出す
ピコン。
誰もいない公園の、隅っこにいるだけのブランコに腰掛けていた俺は、スマホのメールボックスを開く。
『
この度は、弊社の採用選考にご応募いただき、誠にありがとうございます。ご応募いただきました書類をもとに、厳正な選考を行い、誠に残念ではございますが、今回は採用を見送らせていただく結果となりました――』
ふう、そう軽く息を吐いて俺はスマホの電源を切る。黒い画面には、今朝も見た死人のような目をした男が映る。
別に悲しいとか、悔しいとか、そんな気分は一切ない。あまりに何度と見たような文章には、今さら特に何も感じるわけでもない。
「はは」
無心で虚空に笑いを零す。顔は笑ってない。と言っても、別に普段から笑うことなんてないけど。
数ヶ月前に大学を卒業して、今に至るまで何社に「ごめんなさい」を言われてきたか。感謝や謝罪も、言えば言うほどありがたみや申し訳なさは薄れると言うけど、あれは事実だ。繰り返し受け取った側として言い切れる。
まあその原因が何かと言えば、無論そんなのは俺自身なんだけど。
職業、無職。これが今の俺のステータス。
一体どれだけ履歴書に同じことを書いてきたか。最近はまるで写経のようにスラスラ履歴書も書ける。もはや特技欄に「履歴書を書くこと」と堂々書いてやろうか。
「……履歴書の用紙、買って帰ろ」
俺はゆらゆら静かに揺れるブランコを残し、公園を後に――しようとした。
「――ねえ、いいじゃん。一緒にお茶でもしようよ!」
耳に飛び込んだ声に、俺は思わず物陰に隠れた。
「俺この辺の店詳しいからさ!近くにおすすめの店あってさ、でもそろそろ閉まっちゃう時間なんだよね。だから早く行こうよ!」
「………………」
もう様式美さえ感じる口説き文句を吐く男と、その隣を実に嫌そうな顔で女性が歩いている。見た限り、どちらも俺と同い年くらいだろうか。どう見てもナンパとかその類だ。
「ねえ、無視しないでよ。悲しくなっちゃうじゃん!」
「………………」
聞こえる言葉を不快に思いつつ、スマホを使って近くの警察署を調べる。
「……遠い」
まあ決して近いとは言えないけど、仕方ない。そのまま、一、八、とダイヤルボタンを押して――。
「――嫌、離してください!」
「!」
女性の叫ぶ声。まだ隠れたままの俺に、あの女性のものであるのか確認はできない。しかし誰のものであれ、助けを求める声なのは間違いなかった。
ボタンを押す指が止まり、一瞬で頭が回転する。
普段人通りもないこの場所、それもこの時間。近くにいるのは俺だけかもしれない。少なくとも悠長に電話をかけてここで待つばかりでいるような、そんな時間はない。
「……仕方ない」
俺は物陰から飛び出し、あの二人が通り過ぎて行った方向を見る。やはりそこには、さっきの女性が男に手を掴まれていた。
俺は大きく息を吸って――二人と反対の方に向かって叫んだ。
「お巡りさん!こっちです!早く!」
俺はちらりと後ろを見る。二人ともこっちを見ていたが、男は何か考えたようにしてから、女性の手を離して逃げていった。
その場に座り込む女性。それを見て、俺は。
「――じゃあ、お気をつけて!」
どこを向いて言ったのか自分でもわからないまま言葉を吐いて、女性とは反対側に向かって走り出した。
「あっ、あの!」
背中越しに聞こえた声は、間違いなく俺に投げられた言葉だった。思わず再びちらっと振り向いて、けど俺は受け取ることもなく前を向き直して走った。
これでいい。これがいい。半ば無意識に身体が動いた結果だとはいえ、しかし自分から動けた。よっぽど俺的に上出来だという自負はある。
基本的に、面倒なことは避ける。逃げることは悪いことじゃない。それが行動理念というか、俺なりの生きるコツ。でも目の前で悪事を働かれ、それを見てしまったら、そして見て見ぬふりをしたら俺の気分が悪い。けど今回みたいに、それを堂々と指摘できるほど度胸も意気地もない。それが俺という男。
――だけど。
「はあ、はあ――たまには、頑張ってみるもんだな!」
普段はしないだろうことをしたからだろうか、達成感に包まれながら、でも足は止まれなくて、とりあえず落ち着ける所にと、たまたま目の前にあった開きっぱなしの知らない門を通過した。
そこに聳えるのは、傾いた日でできた黒い角柱。
そんなに遅い時間でもないけどそのビルに灯りはなく、廃墟というほど汚れてもないけど辺り一体が暗いような、そんな場所。だから思わず引き寄せられたというか――。
まあつまり、ついさっきのとこで頭がいっぱいで、無自覚飛び込み不法侵入を試みていたわけで。
門を通過した瞬間、俺は左脇からやってきた何か巨大な物体の進行を阻む存在になっていた。
どうやらそれはトラックだったらしい。この薄暗い中、ライトも付けずにそいつは動いていた。そして、その突然を避けられる訳もなく。
運転席のオールバックの男が、何か大声で叫んでいるであろう姿を最後に見ながら、俺の意識は
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