出会えた二人。

なにものでもない。

第1話 能力者の孤独と出会い。

都会、駅ビルの上で絶望して身投げをしようとしている女性がいる。警察も、消防も、野次馬もいる。

野次馬は、やめろ、とか、色々叫んでいるが警察の交渉人はそつなく安全な場所に誘導しようとしている。

しかし、女性は思いっきり飛び出した。

落ちた。ビル5階分の高さのある所から。

思いっきり飛び出したのが勢いがあったのか、彼女はたまたま通りかかった砂を運ぶトラックの上に落ちる。助かったのだ。

野次馬、警察等々安心する。


それを冷静に見ていた若い男性がいた。

芦刈幸也(27)はこうなることが分かっていた。

彼は人の10分先までの未来が読める能力者だ。彼は出版社の営業の帰りにこの場所に出くわした。

彼はこの能力を使って仕事に生かしていたが段々嫌になってきていた。人が選べる未来は沢山あるのになぜこうなるのかという現実に心が押しつぶされそうになるからだ。心療内科にも行った。能力のことは説明せずにただ、心が苦しいと。医者は軽い鬱病でしょうと言って処方箋を書いてくれた。

幸也はその医者が9分後に死ぬことが分かっていたが言えなかった。

だから、処方箋を薬局にもっていかないで捨てた。医者は心筋梗塞で死んだ。

高齢の優秀な精神科医で都内にいくつものクリニックを持っている人だった。そんな人の未来すら見えてしまう。

幸也は一度手首を剃刀で切ったことがある。ぱっくりと傷口が開いて笑っているような気がした。

あわてて、正気に戻り、医者に行った。

医者には、

「あのねえ、手首きったくらいで人は死なないの。二度としちゃだめだよ。」

ベテランの医者の言葉に救われた。大学3年生の時である。

彼の能力は突然来る。

知りたくもない人の10分後の様子が分かるのだ。

だから、有象無象の出版の世界に飛び込んだ。

彼の大学は結構な名門で、大手の出版社に就職した。

社員たちの未来は見えなかった。だが、小説家のは見えた。漫画家も。

そのアドバイスは的確で、彼は優秀な編集担当として次から次へとヒット作の手伝いをした。ほっといても出てくるアイデアの入り口を知れるのだ。これは適職だった。

入社5年目、彼は十分にヒット作の手伝いをして、営業に配置転換された。同僚の嫉妬ではなく、その会社はそういう会社なのだ。

幸也は会社での安定的な地位から営業で出会う人々との刺激の方が大変面白かった。

大体が大手の本屋チェーンへのあいさつ回りなのだが個性的な店員と店主の面白さに人生の楽しみを見つけていた。彼らの未来は見えない。

安心したときに冒頭のアレである。

幸也は泣きじゃくる女性の無事を改めて確認してから会社へと戻った。


定時出社、定時帰宅でいいものは作れない。幸也は散々仕事をして、上司に報告して満員電車に乗って帰った。


佐藤望(21)は引きこもりである。引きこもり歴3年の人間ではあるが家の家事労働はしていた。母親一人、娘一人の家族だが、母親は看護士。

引きこもっていても家事労働のレベルが年々上がる娘にはあんまり絶望していなかった。ただ、あまりにも人と会わないために、

「こんなんじゃ、誰かと付き合うなんてないわね。」

プレッシャーを少し欠ける意味でもよく言っていた。

望も分かっている。しかし、3年前に能力が開花して、

半径5メートルの人の心が読めるようになってしまった。

あまりに負の感情が強い世の中を知ってしまい、勉強も運動も好きだったのに全て諦めて就職活動もせずに、家に引きこもるようになった。

望は本人は自覚してないがなかなかの美人である。中学の時には彼氏もいた。最後までは行かなかったが。

引きこもっても太りにくい望は、肌の色が異様に白いことを覗けば世間的にはイケている女性である。普段化粧をしないし、何より若いから、実は隣の家の幼馴染は望のことがずっと好きだった。

しかし、望はそれを知っている。だから、人と会いたくないのだ。

引きこもって、携帯ゲーム機でゲームばかりしている。スマホは持ってない。解約したのだ。携帯ゲーム機にマイクロSDカードの256Gを入れて、たまに新作ゲームが安くなると、母にお願いして、ゲーム会社のカードを買ってきてもらう。

外出しないで新しいゲームを手に入れるにはこれしかない。

彼女は運動だけはしていた。部屋の中で、スクワット、筋トレ、ヨガ等だ。

テレビは見ない、ネットはしない、ラジオだけ聴く。そんな生活を3年続けている。家のゴミ出しだけはするが、幼いころから自分を知っていてくれる近所の人達とは挨拶は交わす。心が濁ってないから安心できるのだ。

望の父は消防士だった。彼女が14歳の時、大規模火災で消火活動中に殉職した。

父へのお金で家のローンは払い終えた。

母は、かなり絶望したが娘の為に必死で生きている。でも、愛した夫が去ったことにあれから7年たっても時折、一人酒を飲んで泣いている。

娘の望は母の心も読めるが、そういう時はあえて、一緒に酒を飲む。酒を飲むと心が読めなくなるのだ。だからと言って引きこもりの身としてアル中になるわけにはいかない。

家事労働を済ませたらとことん部屋でゲームの生活は変わらない。

隣近所の心が入ってくるときは悔しいが、布団をかぶって耐える。

この家にはセールスも宗教の勧誘も来ない。そういうのが来ない土地柄なのだ。

だから望は家で孤独なロビンソン・クルーソーをおくれた。


幸也は両親の墓参りを済ませて、ふと、地方都市の駅に降りてみた。会社には三日間の休みをもらっている。忌引きではなく、有給でだ。

幸也の故郷は瀬戸内の穏やかな場所だ。

彼はなぜか、この駅に降りてしまった。宿もとってないのに。

幸也の両親は7年前に彼が大学生の時に、たまたま泊まったホテルの大火災で亡くなった。両親の未来は見えなかった。

幸也はそれも含めて手首を切ったのである。だが、生きろと体が言っていた。

幸也はそこそこ栄えているこの街をあてもなく、歩いた。

「あのホテルの近くじゃないか、何で降りたんだろう。」

後悔したが、なんか、そのまま帰りたくはなかったのだ。


ふと、一人の女性に目をやった。上下スエットで髪はロング、化粧はほとんどしてない。彼女はコンビニの前でうろうろしていた。佐藤望である。

彼女は欲しいゲームを入れる容量が無くなって、コンビニで注文しようとするためにここまで何とか来たのだが心の浸食で疲れ果てていた。対面での店員とのやり取りも自信がない。

すぐそばの自販機でコーヒーを買う。飲んでいたら、サラリーマン風の男が近づいてきた。

なんだろう、と思っていたら。その男の心は全く読めなった。

なんで?と思っていたらその男がいきなり望の手を取った。

「え?何?」


瞬間、二人は気付いた。お互いが能力者だということに。

「やっぱり、初めてだ。能力者に出会ったのは。僕は芦刈幸也、人の10分後の未来が見える。君にもやがかかっていたからもしやと思い、つい。」

そう言って幸也は手を離した。

「あ、あたし、まさか他にもいるなんてわからなかった。あたしは半径5メートルの人の心が読めるの。これを人に言うのは初めてよ。あなたの心が見えなかったから、もしかしたらと思ってたけど。」


二人は駅近くの喫茶店で自己紹介しあった。

望のゲームは幸也が予約してくれた。

「そうか、僕より深刻だなあ。僕は24時間じゃないからね。突然来るからこれはこれで大変なんだけど。」

「ああ、心が読めない人だと安心する。あたしは、寝ているとき以外は来るの。だから滅茶苦茶に家の中で体を動かして疲れて寝るんです。だから、引きこもりなのにデブじゃないの。でも、あたしイケてないから。」

それを聞いて、幸也はこの子は自分の魅力にまるで気付いてないのだと思った。この子のレベルなら都会なら確実にスカウトされると思った。

「とにかく、出会えたことが嬉しいよ。連絡先は交換したいんだけど、スマホは持ってなさそうだね。」

望は頷く。

望は自宅の固定電話の番号と、自宅の住所を紙に書いて渡した。

「芦刈さんの方が経験が豊富みたいだから、あたし、時々連絡とりたい。お願いできますか?」

幸也は快く快諾して、スマホの番号と自宅マンションの住所を書いて渡した。


二人は能力者の苦労と、他にもいるのかというので盛り上がった。小さな声ではあるが。それほど田舎ではないが地方都市は狭い。


二人は、

3時間ほど話して別れた。望が母の夕飯の準備をしなければならないのと、幸也は電車の時間を調べたらあと少しで電車が来るからである。


二人は、心の底からの笑顔で分かれた。


それから4年、幸也のアドバイス通り、望はカウンセラーの資格を取り、心理士の資格も取り、心療内科や精神科に来る患者への最初の対応の仕事に勤しんでいた。


大変な道のりだったが何とかこなせた。


幸也は都会で仕事を変えることなく、お互いの手紙を読むことを楽しみに生きていた。


望は、母がいないときには時折、幸也に電話する。一回鳴らしたら、きるのだ。着信を幸也が確認したら彼の方からかけてくる。電話代で母親にばれないためだ。


望は、最近隣の幼馴染が求婚してくれたことを嬉しく思いつつ、どうしたものか考えていた。彼の気持ちは痛いほど知っている。でも、この能力を話したらきっと去っていくと思った。


幸也に電話で相談した。

「大丈夫。君のイメージから未来が読めたんだけど彼との結婚はうまくいく。だって彼も能力者だから。」

それを聞いて驚いた望。

「多分、本人も気づいてないけどその彼は人を愛する能力が高い。彼との思い出で何かないかな?僕もつい最近気づいたんだけど、そういう人は多いよ。」

ふと、考える望、そう言えば幼いころに飼っていたインコが死んだときに、幼馴染の彼はとことん泣いて、三日間でそれを克服して、少し成長したような感じを見たことがあったことを。

「最近思うんだよ、実はみんな能力者なんじゃないかって。誰も気づいてないけどね。だって誰にだって光るものはあるでしょ。それなんだよ。僕と望ちゃんは特殊だけど、でもこの間の地震で人を100人救った高校生もそうだと思う。彼のニュースを見ていたらビルが倒れるイメージがして、そこから一分で皆を逃がしたってさ。彼もそうだよ。もっと僕らはマイノリティではないと自覚していいのかも。」


それを聞いて、望は決意した。幼馴染の飯島陽介に、

「もし、人の心が読める人がいたら嫌う?」

と根源的な質問を家を訪ねて聞いた。陽介は間髪入れずに、

「それはありえないね。だってそれは長所だもの。まあ嫌な気持ちも読まれても伝えなくても伝わるならいいじゃない。」

それを聞いて、望は決意した。


望と陽介の結婚式には幸也も来ていた。

望が幸也が話していいと言ったから彼の能力も話して、結婚式前に何回か会ったのだ。


母の恵子は嬉しさで涙が止まらなかった。一人娘が仕事に就いて、しかも、隣人と結婚なんてこんな手の届く幸せが手に入るなんてと、号泣していた。


飯島家は父一人、息子二人の父子家庭であった。次男の浩二は高校卒業とともに大工の見習いとして弟子入りして父の手伝いをしている。

長男の陽介は市役所の職員である。母は浩二が4歳の時に、交通事故で亡くなっている。


父の光彦も泣いていた。母親なしで、何とかやってきたがこれで長男は落ち着いてくれる。自分はちゃんと父親できていたかなあと恵子の隣で泣いていた。


結婚式はつつがなく終了した。幸也は、結婚式場のホテルに宿をとり、散々飲んでから寝た。


望は陽介と新婚初夜を迎えて、生まれて初めての幸せを手にした。


次の日、二人で幸也のチェックアウトを見送ってお互いの自宅すぐそばに弟の浩二が初めて設計したマンションで暮らしはじめた。


それから、3年、望と陽介は年子で男の子と女の子をもうけて、育児に若い夫婦は悪戦苦闘中だったがお互いの両親がそばにいるからいざというときは頼りにした。


そこへ、分厚い書類が速達で届いた。

芦刈幸也より、飯島望へと書いてある。


何の連絡もなしにこれをよこすのは訳があると思い、すぐに封筒を開けた。

その中には今後、10年で日本に起こるであろうことが書いてあった。彼の言葉だから確実である。かなり恐ろしいことが書いてあったが夫婦は読み進めて最後の所に、

これは回避できない。でも、僕はこの能力でCIAにスカウトされた。この書類は陽が射すところに置いていたら自動的に印刷が消える。ある程度覚えたら、そうしてほしい。これは僕ができる最後の事だ。僕は火星へ行く。2年前に有人飛行が成功したから確実な保険として僕を連れて行くんだ。僕も志願した。

では、夢の中で会いましょう。芦刈幸也。


読み終えて望は涙が零れ落ちた、陽介は急いで書類を陽の当たるところへ持っていった。

「あたしの人生に光を与えてくれた人が、もう会えないなんて、辛いわよ。」

陽介に抱きついた。陽介は、

「幸也さんは多分、メシアだよ。ある程度覚えたから、僕らには生きていてほしいんだと思って送ってくれたんだ。生きよう、何が起ころうとも。」

望と陽介は抱き合った。


2038年、のことである。


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