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 ぐるぐると煙に巻きつかれて身動きの取れない白崎さんが、弱弱しくこちらを見ている。その目は虚ろだが、しっかりと秋成さんを見ていた。顔の半分から下がぐちゃぐちゃに潰れてしまっていても、目の辺りは生きている頃と変わらないみたいだった。

 その白崎さんがぐちゃぐちゃの口をもごもごと動かして言う。

『あきなり……助けて……助けてよ』

 弱いその声に、秋成さんの体がぴくっと動く。二人は何かを伝え合うかのようにお互いを見ていた。私は秋成さんの服の裾を引っ張る。

「駄目です、秋成さん。もう白崎さんは……」

「白崎」

 私が言葉を探している隙に、秋成さんが白崎さんのことを呼んだ。

 それに反応したみたいに、白崎さんの頭がちょっと傾く。煙はまだ頭の方は自由を許しているみたいで、彼の頭が分度器を当てて沿ったみたいにクッと動いた。

「白崎お前、俺に死んでほしかったんだな」

 一瞬何のことかわからず、今度は私がぎょっとする番だった。『俺に死んでほしかった』そんな話は聞いていなかった。二人の間で何かあったのか。

 秋成さんの顔を盗み見ると、彼はどこか憐れむような、幼い子供を諭すような複雑な表情をしている。

「俺の何かが、お前をそんなに追い詰めるようなことになったんだろ。なあ、白崎」

『あき……あきなり、助けて……痛くて、でもこれも仕方ないのかなあ……あきなり、ごめん……ごめん、助けて』

 白崎さんの頭が喋るたびに傾いていって、今はもう九十度を超えて下を向き始めている。顔の正面はこちらを向いているため、生きていれば首の骨を折らないとあんな角度には曲がらない。ぐちゃぐちゃの口から肉片が零れ落ちていく。

「でもごめん、白崎」

 秋成さんの顔が、何かを決意したみたいにスッと落ち着く。

「俺は一緒に死んでやれない」

 その言葉と同時に白崎さんの頭が一際大きくぐちゃっと傾いて、胴体から千切れて落ちた。首の断面が生々しくてらてらと赤黒く濡れている。

 落下した白崎さんの頭は水分を含んだ雑巾みたいにべちゃっと床に落ちて、それからものすごい速さでこっちに飛んできた。潰れた生首が秋成さんの顔の正面でぴたりと止まる。顔と顔の間は指一本分ほどの隙間しかない。潰れた白崎さんの頭が、

『お前も一緒なのに』

 そう言って、追いかけてきた煙吾の煙にぶわりと巻きつかれる。ぐるぐると巻きつく煙の隙間から、白崎さんの目が覗いている。まっすぐ秋成さんしか見ていないその目は、叱られた子供が泣きそうになっているみたいに頼りないものだった。

 やがてその目も煙で見えなくなる。全体を覆われた頭は、煙に握り潰されるみたいにぎゅっと小さくなって、それからパッと煙と一緒に霧散した。胴体の方も少し遅れて握り潰され、消えた。

「秋成さん、大丈夫ですか……」

「ああ……」

 彼の声は弱弱しく床に落ちた。頭を垂れてその表情は読み取れないが、無理もなかった。秋成さんは知り合いの最期を見させられ、更に今その魂が消滅した瞬間を見させられたんだ。私には何も言えなかった。

 こうして、狭い部屋の中は私と秋成さんと近江さんと、それから白崎さんに付いていた女だけが残る。その女は今、煙に巻きつかれた状態で動けないのに、ものすごい形相で近江さんを睨んでいた。

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