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 三十分ほどして車は止まった。小さいアパートの敷地内にそのまま無理矢理車を突っ込んで駐車するもんだから別の意味で冷や汗が出た。確かに他の車は停められておらず、駐車場というより小さな庭のような敷地だが勝手に駐車するのはどうなのか。車四台ほどのスペースを全て使うように横向きに停まった黒塗りの高級車は傍から見ても異様だ。

 私はここに残ります、という島田さんを運転席に残し近江が車外に出る。さっきの詐欺まがい発言で俺も降りたくなかったが、加瀬に無理矢理押されて転がるように降りる羽目になった。


 暗闇に佇むアパートは、廃墟のようだった。

 記憶にある分でも十分廃れた場所だったと認識していたが、灯りがない建物は闇を背負って不気味に佇んでいる。近くにある河川から漂ってくる濁った水の臭いが余計に消沈させた。錆びて劣化した階段が今にも足を折ってアパートごと崩壊しそうだ。

「うわぁ、お、お化け出そう」

 呑気な加瀬の言葉に溜息が出る。そのお化けを今からなんとかしてほしいのに、頼った二人はどうにも頼りになさそうである。三十万……俺の頭の中で札束が飛んでいく。これで本当にどうにもならなかったら金は振り込まず全力で逃げよう。詐欺まがいのことをされたのはこちらだ。訴えでも何でもして……と考え込んでいたら近江がこちらを振り返った。

「で、どこだ」

「あぁ……。一階の、一番奥の部屋。あ、でも鍵掛かってるかも」

 言うが早いか、歩き出した近江につられるように俺と加瀬も歩き出す。敷地内は暗く、近くに街灯もない。住宅街の一角だというのに、ここだけ切り離されたように濃い闇の中みたいだ。

 白崎の死亡は事件と事故の両方で調べられているようで、警察が介入しているなら部屋も捜査されたはずだ。辺りに規制線のようなものはないが、鍵を掛けた可能性もある。畑瀬という刑事の顔を思い浮かべながら、そうするとどうやって部屋に入るかと考えていると、ドア前に辿り着いた近江が遠慮なくドアノブを捻る。

 ドアノブは一度キュッと嫌な音を立てたが、やはり鍵が掛かっているのか。近江がぐっと力を入れたがドアは開きそうにない。

「やっぱり鍵掛かってるなぁ。どうすんのこれ」

 正直俺の中で近江と加瀬の信用度が下がっている分、ここで駄目そうですねやめましょうと言われても納得しかない。むしろ無駄に払いそうになった金額を考えると願ったりだった。けれど同意を求めた加瀬は問題ない、という顔でちょっと頷く。

 と、そこにいきなり背後からブォン! という排気音が聞こえ、一台の大型バイクが敷地内に滑り込んできた。それは慣れたように島田さんが乗っている車の横に停車する。

 やばいもしかしてアパートの住人か、と身構えているとヘルメットを外したその人物がこちらに駆け寄ってきた。随分若い男性だ。目が慣れてきて距離が埋まるとその顔がはっきり見えてくる。その表情になんとなく見覚えがあり、目の前に来てようやくあっと思い出した。

「あんた、」

「遅いぞ」

 俺の声と近江の声が被る。

 男性はそのどちらも交互に目をやって、それからへらっと笑った。

 近江の事務所の一階にある、コーヒーショップの店員だった。

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