3
「今日中って、……は、もうこんな時間?」
先程まで寝ていた感覚の俺には窓の外がもう暗いことに驚きだった。いつの間にそんな時間が経っていたのか。俺はどれだけ意識を失っていたのか。少し寒気がした。
「こっちも暇じゃねぇんだ。ただ、対処するにも条件がある」
「な、なるべく真四角な空間じゃないと、で、できなくて」
近江の後を継ぐように加瀬が言う。真四角な空間? なんだ、祈祷みたいなものをやるのか?
目の前でふんぞり返っている怖い顔の近江の祈祷する姿が全く想像できなくて首を傾げる。隣から仙名が声を上げた。
「四角いならここでもいいじゃない」
ここ、と彼女は床に向かって指を指した。確かに、ぐるりと見渡せばここの事務所は扉を閉めれば正方形の形をしているように見える。あまり家具の類がないから余計にその角が目立って見えた。
その言葉に、近江はハッと鼻で笑う。
「ここは俺の
馬鹿にしたような言い方だった。この人は全面的に人を煽るような言い方をするんだなと、ここにきて薄々感じ取ってきた。その証拠に、完全に煽られた仙名は「そんなこと知るわけねぇだろクソが」という顔で近江を睨んでいる。
一緒に仕事をしているらしい加瀬は、よくこの男といられるなぁとそっちを見ると、静かに溜息を吐いていた。
正直、仙名が隣で苛々してるおかげか、俺は逆に冷静になっていた。
「じゃあ、どこかに移動しなきゃいけないってことか」
俺の言葉に加瀬が曖昧に頷く。
「ま、マンションの部屋とかプレハブとか。で、でも近江さんがいる、いるから、なるべくほん、本体に近しいところがいいんですよね」
秋成さんにくっついてるやつの本体。そう言われてゾッとした。すぐ後ろに立った黒い人影が笑って俺の肩に手を置く想像をしてしまう。
とにかく、適当なところでは駄目らしい。マンションか……。
「じゃあ俺の部屋か」
あいつに近しいところと言われて、パッと思いついたのは自分の部屋だ。本体、と言われたらよく分からないが、仙名はあそこで黒い足を見たと言った。俺も二回接触している。自分の部屋に得体のしれないものがいて、今からそれに会いに行かなきゃいけないなんて考えただけでも気持ち悪くなるが。
そういうと加瀬は、ううんと唸る。
「へ、部屋は四角いですか? マンションだとろう、廊下とか繋がってたり」
「ああ、廊下との仕切はないな……」
「じゃ、じゃあ難しいかも……。も、もうちょっと閉じられた場所がい、いいんですけど……」
困ったように眉を下げた加瀬に、俺も悩む。
そもそも、四角い空間ってなんだ。普段意識しない分、そう言われて思いつくような場所がない。隣を見ると仙名も難しい顔をしていた。彼女も思いつくところはなさそうだ。
示し合わせたように全員が黙り込み、部屋がしんと静まる。壁掛け時計の秒針の音が嫌に響き、それが急かされているように思えてしまう。
おもむろに近江がスーツの内側に手を伸ばす。出てきたのは煙草だった。あからさまに嫌な顔をした仙名を視界の端に捉え、なんとなくその無駄のない動きで点けられる火を見ていた。
片手で添えた煙草を咥え、静かに吸い込む。と、近江の目だけがスッと部屋の入口の方へと動いた。なんだと思った瞬間、
こんこん
扉がノックされた。
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