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 できるだけ早く行くから先に事務所に行ってて、場所は分かるよね? と言われ通話を切り、私たちは電車に乗り込んだ。

 改札を抜け、乗り込んだ車内はまだ帰宅ラッシュの名残がしてそれなりに立っている人が多い。運よく二人揃って座席に座り、息を吐いた。駅周辺や構内の人のざわめきが今は有り難かった。

 目的の場所は数駅離れたところにある。駅から出て辿る道順も、ずっと前に教えてもらっていたがまだ頭の中に残っていた。座席に座れなかった人の足がいくつか目の前に並ぶのを見て、私は小さく息を吐いて横に目を向ける。まだ腕を掴んだままだったので当たり前と言えば当たり前だが、秋成くんはちゃんとそこに座っていた。服はヨレているし髪もボサボサだし俯いていて表情は上手く読めないが、ちゃんと秋成くんだ。さっき自然と改札を通っていたので意識がないというわけではなさそう。

「秋成くん、大丈夫?」

 小声で話しかけてみる。電車の揺れに合わせて揺れる頭が、さっき部屋で見た光景とダブって見えてひやりとした。けれどその頭が僅かに持ち上がり、ほんの少しだが周囲を確認するような動作をした。

「ここ、電車。今移動してるから。もうちょっとで着くよ」

 あまり大きな声で喋るのは憚られて、小声で秋成くんの腕を少し揺する。その振動が伝わったのか、彼はものすごくゆっくりとした動作でこちらを見た。

「私の親戚なんだけど、ちょっと独特というか、そういうのに理解ある人がいるからさ。秋成くん、さっきちょっと危なかったし。話だけでも聞いてもらえるように、」

「仙名」

「え?」

 今の状況をどう説明しようか、と。そもそも勝手に部屋に入って勝手に連れ出して、今度はあなたちょっとおかしいから見てもらったらなんて、かなり強引だったかもしれないと。

 今更になって言い訳を考えていたら、秋成くんが口を開いた。私の名字を、電車の床に適当に投げ捨てたような言い方だった。

「仙名、お前なんで食べないの?」

 私の口が何かを喋ろうとして、上手く言葉にならなくて失敗する。秋成くんの目はまっすぐに私を見ていた。目が飛び出るくらいグッと大きく見開いて、誰かに首を九十度回されているみたいに無理矢理こっちを見ていた。

「なんで?」

 秋成くんの顔が、ずいっと距離を詰める。

「なんで食べないの? なあ、なんで? お前もだろ? お前も食べなきゃ駄目だろ。なあ、仙名。お前もさあ!」

 もともと車内で隣同士に座っていた分、半身も詰めれば内緒話するようにお互いの距離が近くなる。けれど今は内緒話なんて可愛らしいことを言える状況ではない。

 別人のように顔を強張らせ目を限界まで見開いた秋成くんは、「食べろ」と叫びに近い声で詰め寄ってくる。さっきまで大人しく後ろを歩いていた彼はどこにもいない。

 何を言えば正解か迷っていると、辺りがざわめいているのに気がついた。

 ハッとして周囲を見ると、秋成くんの大きな声に車内にいる人たちが遠巻きにこちらを窺っているのが見えた。目の前に立っていた人たちもいつの間にか私たちを避けるように移動していて、周囲にぽっかりと空きができている。

 ちょうどそこに、降りるべき駅のアナウンスが入り電車が速度を落とす。

「すみません、この人酔っ払ってて! ね、降りるよ!」

 気まずい雰囲気を全身で浴びながら立ち上がる。まだ私を睨みつけていた秋成くんに怯みそうになったが、なんとか腕を引っ張ってホームに逃げ込んだ。

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