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 所謂、幽霊というものに対して普通の人よりも理解があるのは親戚のせいである。親戚が小さいころからそういうものに関わって生きてきて、唯一その話に抵抗なく今でも関りを持っているのが私だ。彼女の母親でさえ、娘を化け物のように見て接触を断った。

 その親戚が言うには、言葉には少なからず力が宿るらしい。霊感というものがなくとも、強い力で言葉を吐き出せばそれだけで抑止力にはなる。私の場合さっきの玄関でのことみたいに、何か変なところがあれば肌に直接痛みを感じる程度だ。霊感とは呼べないかもしれないが、多少嫌な気配というのも感じる。だけど、残念ながら祓ったり何かしら対処したりすることは全くできない。

 もう一度声を張り上げる。

「来るな! こっちに来るな!」

 額に汗が滲む。正直に言えば怖い。しんと静まった部屋に響いたはずの声が、すっと吸い込まれたように思う。背後からは変わらず、何かの気配とじっと見られている視線。みしっ……という音に、秋成くんの肩を掴む手に力が入った。

 なんかちょっとおかしいな、という自分の勘は本当に嫌な時ほど当たる。ちょっと様子を見に来たら、こんなわけのわからないやつに絡まれているなんて思わないじゃない。しかもどう見ても実体がないやつ。

 相変わらず部屋の中は暗くて、隣に座り込んでいる知り合いは虚ろな顔でどこか一点を見つめている。勇んで乗り込んできたはいいもののどうしたらいいか分からず、ふーっと大きく息を吐いた。

 そこを見計らったように、少し距離のあった気配がすぐ耳元まで移動して、

 ふふっ

 笑った。ノイズが混じったような、フィルターを挟んだような女の声だった。

 そこで限界だった。

「出るよ、秋成くん!」

 弾かれるように彼の腕を掴んで立たせる。意外にも成人男性を引っ張ったというのに、その体はすんなりと持ち上がりちゃんと自分の足で立った。そのことに少し驚きつつ、もう片方の手に持っていた石を投げ捨てる。ゴトンという重い音がした。

 なるべく周りを見ないように顔を伏せ、足元だけを確認しながら来た道を引き返す。引っ張る腕は抵抗もなく、同じ歩調で秋成くんも後に続いた。

 リビングから廊下に出るタイミングで視界の端に黒い人の足がこちらを向いて立っているのが見えたが、なんとか声を出さずに通り抜け二人して玄関を飛び出した。


 部屋の外はもう日が沈んでしまっていた。暗いが、自然の暗さだ。あの部屋の異様な暗さではない。エレベーターを使うか一瞬悩んだ後、階段を選択してポケットからスマホを取り出す。片方の手で秋成くんを引っ張っているため操作が覚束ないが、なんとか目的の人物のアイコンをタップし耳に押し当てる。

『は、はい』

「ひなたちゃんさ、今どっちにいる? 家? 事務所? 事務所なら、わりかし急ぎめでお願いしたいことあるんだけど」

『え、あ、え?』

 数回のコール音が止んで相手が出るや否や、私は矢継ぎ早に言葉を並べた。階段を降りながらちらっと後ろを確認すれば、しっかりした足取りで秋成くんも階段を降りていた。意識がはっきりしているのかは分からない。

 通話相手はいきなり飛んできた内容に戸惑ったように唸り、やがて申し訳ないように小さく「い、家……」とこぼした。

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