17
ビニール袋を押し破る勢いで、拳ほどの石がひしめき合っている。ざらりとしたその表面は凹凸が少なく、どちらかというと丸みを帯びていた。どこかで見たようなその形に思わず顔を顰めるが、それよりと思い同じように袋を覗き込んでいた畑瀬を見上げる。
「本気ですか?」
「はい?」
言葉に、知らず棘を含んでしまったのは否めない。正気かという意味も込めて言えば彼はきょとりと目を瞠った。二人の間で揺れるビニール袋がガサリと音を立てる。
「どういうつもりか知りませんが、こんないたずらを見てよくそんなことが言えましたね」
「は? いたずら?」
何も分かっていないという畑瀬の態度に少なからず苛立つ。寝ていないせいもあるのか、頭が痛くなってきた。
どう見ても質の悪いいたずらに、刑事である畑瀬は何も思わないのか。それ以前に、『食べごろ』などという冗談も信じられない。仮にも目の前で同期が死に、そのせいで倒れた人間の前で言うことではない。それが石を食べて死んだのが原因なら尚更。
「捨ててください。気分が悪いです」
「え、しかしこんなに……」
「いいから! そんな石捨てろって――!」
何故か渋る態度にガンガンと頭痛が増し、苛立ちに任せて睨みつけた畑瀬の背後に、黒い影が立っていた。
夢で見た、あの黒い人のようなものが畑瀬の背中にぴったりとくっついて、その隙間からじっと俺を見ている。夢ではない。口がもごもごと動いている。
「うわああ!?」
衝動的に振り払った手が、畑瀬の手ごとビニール袋に当たる。パン! という音に続いて重い袋がドサリと落下した。弾いた衝撃で後ろ向きに倒れた俺は、ビニール袋の中から転がり出るいくつかの石を視界の端に捉えながら畑瀬から目が離せない。正確には、彼の後ろに立っているものにだ。
開け放った玄関扉の向こうから朝日が隙間を縫って滑り込んでいる。そこに場違いなほどに黒い塊がいる。暗闇を無理矢理固めて人の形をしたようなそれは、戸惑ったように俺を見下ろす畑瀬の後ろで俺を見ている。目があるわけでもないのに、確かに見られていると感じた。それが見えない口をもごもごと動かしている。
「ひっ!」
「秋成さん? どうしました、大丈夫ですか?」
「く、来るな!」
心配したような畑瀬がこちらと目線を合わせるために身を屈める。覗き込むようなそれに合わせて、ぴたりと張りついた後ろのあいつも同じように覗き込んできた。俺の喉からヒュッと空気が漏れる。
「来るな! 来るなよ! なんなんだよお前は!」
逃げようとした足に上手く力が入らない。三和土と廊下の僅かな段差ですら這い上がれない。尻餅の格好のまま後ろに下がろうとするが、震える足が床を滑るだけだ。
そこで漸く俺の視線が自分ではなく自分の後ろを見ていると気づいたのか、畑瀬が怪訝な顔で振り返る。振り返った彼と目と鼻の先に、黒い塊が蠢いている。が、彼には何も見えていないのか、何度か黒い塊越しに辺りを見回していた。その光景が気持ち悪くて俺は役に立たない足の代わりにギュッと目を瞑る。
「頼むから……お願いだから、帰ってくれ……!」
俺が何をしたっていうんだ。
そう言えば、少しして小さく溜息が聞こえた。黒いやつに言ったつもりだが、畑瀬は自分に言われたと思ったらしい。しばらくがさがさと袋を触る音が続き、気配が少し遠ざかる。
「間近で知り合いのあんな光景を見て心中お察ししますが、一度ご自分のために病院に行くことをお勧めしますよ。あと、私は食べ物を粗末にできない質なんでね。これは置いておきます」
控えめに届いた言葉は、パタンと閉まった扉に遮られる。畑瀬は、俺が同期の死で気が狂ったとでも思ったのか。
恐る恐る目を開く。まだあいつがいたら、とも思ったが幸いにも消えていた。全身から力が抜け、廊下の壁に身を預ける。足元には畑瀬がそのまま置いていったビニール袋が転がっていた。広げずとも中身が少し見える。
「……なんで……」
中には、真っ赤に熟したリンゴがいくつも入っていた。
石はどこにもなかった。
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