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「あの、近江って人も、ええと……島田さんみたいな人ですか?」
「というと」
「ああっと……、ガタイがいいというか」
どう表現すれば『殺し屋みたいな』という言い方を躱せるか探し損ね、オブラートに包みすぎて表面が薄っすら見えるまでもなく別の表現になってしまい頭を抱える。けれど下手なことを言えば逆に我が身が危ないのではと慎重になった結果、島田さんは『近江は体を鍛えませんので』というどうでもいい情報を寄越した。本当に必要なかった。
「それに、私はただの運転手なので」
「その格好で!?」
咄嗟に飛び出た突っ込みに死ぬ思いで自ら口を塞いだ。けれど島田さんは助手席に座る俺をちらっと盗み見た程度で首肯を返す。サングラスの隙間から見えた目は細い。さっきから生きた心地がしない。
そうこうしているうちに、車は一軒の建物の前で停車した。どうやら着いたらしい。乗車時間僅か十分。徒歩で数分と言っていたから当たり前だ。なんなら途中引っ掛かった信号待ちのせいで無駄に時間を取られた気がする。
「車を置いてくるので、申し訳ありませんが少しお待ちいただけますか」
「ああ、どうぞ」
先に車を降りた俺は島田さんが建物の裏に車を回すのを横目に見ながら後ろを振り返る。降りた先にあったのはコーヒーショップだった。
個人店なのか聞いたことのない店名をぶら下げる看板は店内のレイアウトとお揃いの木材で出来ている。開け放たれた入り口からは香ばしい豆の良い香りが鼻に抜け、手前に二組のテーブルとイス、奥には棚一面に袋が陳列され、カウンターには量り売りできるように数種類の豆が並んでいた。カウンター内で仕事をしていた若い男性と目が合い、会釈する。
「お待たせしました。二階が事務所になっていますので、こちらに。匂いがありますが、コーヒーは苦手ではないですか?」
「あ、はい。むしろ好きです」
横から戻ってきた島田さんに促され、店舗の中に入る。途端ぶわりと豆の香りが広がった。コーヒーは就職してから残業続きの頭を起こすために自然と飲むようになり、今では常習化している。
香りの中を抜けるように店舗の端にある階段を上る。二階に行くにはこのコーヒーショップの中を通るしかないらしい。カウンター内の若い男性ともう一度会釈しあい、木目の綺麗な階段を島田さんの後につく。その新築のような新しさに、俺は漸くさっきまでの緊張と不安を押し込められた。
階段を上りきるとすぐ目の前に壁があり、左側に鉄の扉が鎮座する。木材で出来た階段を境に、二階はコンクリート製らしい。温かみのある内装から冷ややかな雰囲気に変わったことに僅かに息を詰める。
先導した島田さんが鉄扉を軽くノックし、ガチャリと開けた。
「
彼が聞き慣れない名を口にし、促すように扉を大きく開く。誘い込まれるように体を滑り込ませれば、殺風景なそれが目に入った。
中央には木目調のローテーブルと、その左右に革張りのソファ。その向こうに視界を遮るような衝立が置かれていて広い窓を半分隠している。衝立の表面には彫刻彫りのようなデザインが象られていて、知識のない自分でも一目で高級品と分かるようなものだった。壁に貼り付けられた丸時計が場違いのように時を刻んでいる。
そこまで見て、ソファに腰を据えていた女性と改めて目が合う。
「あっ、島田さん! お、おかえりなさい、お邪魔してます」
「お疲れ様です、加瀬さん。一度下に降りますので、対応をお願いしていいでしょうか」
ぺこり、と加瀬と呼ばれた女性が肯定を返すようにもう一度頷く。彼女が立ち上がった隙に、島田さんは入り口に取り残された俺を置いて階段を降りていった。
「近江さん、あの、お、お客さんですよ」
張りのない小さな声は衝立を通り越して届いたらしい。ちらりと見えていたダークブラウンのデスクからカタリと音がして、ぬっと人が現れた。
黒のスーツ、島田さんと同程度の長身は細いが無駄のない筋肉がつき、無造作に下ろされた前髪から覗く切れ長の眼は一睨みで人を殺せそうな眼力がある。
(どう見てもその筋のもんじゃねーか!)
心中そう叫んで引き返そうとした足は、背後で閉まった鉄扉に拒まれた。
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