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指定された時間の十五分前に駅前に着いた俺は何度も時計と辺りを忙しなく見ていた。
電話でやり取りしただけの島田という人物からは、目印になるその容姿を聞いていない。もちろん、こちらからも伝えていない。今更だが、その伝達不足に不安になる。
都心の主要な駅であるここは改札を出るとすぐに広いバスロータリーがあり、巡回のバスやタクシー、さらには一般の車まで乗り入れてきてどの時間でも混雑していた。もちろん駅前には待ち合わせに佇む人の数も多い。そんな中で特徴の知らない人間を見つけるのは無理なことである。
「どうすっかな……。今からでも電話して――っと」
無理ゲーだなとスマホのロックを解除したところで、画面が着信の表示に切り替わった。危うく誤タップしそうになった指を慌てて止め確認するも、表示されている番号に見覚えはない。一瞬迷ったが、切れてしまう前に通話開始をスライドした。
「はい」
『おはようございます、島田です』
秋成様ですか、という低い声に俺は内心助かった! と叫んでいた。
様付で呼ばれたことに違和感しかないが肯定を返す。
『もしかして、もう既に駅前でしょうか。申し訳ありません、お待たせして』
「あ、いえ! 俺が早く着きすぎました。それで、目印になるものを何も伝えていなかったと思って……」
『ああ、構いません。把握しました』
え、と思い辺りを見回す前に視界に影が落ち、気配が隣に立つ。
反射的に首を捻ると、まず目の前に紺のスーツが広がる。けれどそれは一般的によく見る幅より広く分厚い。胸板、とどこかズレた思考のまま次は首を持ち上げる。視界に入ったそこには、俺より頭一つ分ほど高い位置からスキンヘッドにサングラスという、いかにもな人がこちらを見下ろして立っていた。
「ひょっ!?」
自分の口から言語にならない音が飛び出し、思わず後退った肩が駅の壁を強かに打つ。落としそうになったスマホはなんとか死守した。が、後退った分だけタッパのあるそれが、ずいと距離を詰める。
結果的に追い詰められる形になってしまい、すわ通報かと思ったところで相手が口を開いた。
「驚かせたようで、申し訳ありません。島田です。秋成様ですよね」
聞こえてきたのはつい先程まで耳にしていた低音で。
今の状況を何度も頭の中で整理する羽目になった俺は、目の前の人物を電話の相手と同一と思えるまでにしばらく時間を要した。
「初めての方には大抵驚かれるので構いませんよ」
「いえあの、……すみません」
そうは言っても明らかに失礼だったと、もう一度頭を下げる。それに諦めたように小さく頷いた島田さんはシートベルトを締め、俺も戸惑いながらそれに倣った。
本来の目的である『近江』という人物がいる場所まで駅から徒歩数分と聞いていたが、島田さんはしっかり車で迎えに来ていた。バスロータリーに停め、通話しながら口の動きが合う俺を探していたらしい。
どういう探し方だよと突っ込みたかったが、促された車が黒塗りの高級車で閉口した。サングラスにスキンヘッドのオッサン――どう見ても島田さんは俺より年上――と黒塗りの高級車の組み合わせに、俺は今になって電話したことを激しく後悔していた。
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