7
男の名は
畑瀬は自身の内ポケットから手帳を取り出し、寝かされたままの俺に見えるように掲げた。中には彼の顔写真がこちらを睨みつけている。警察手帳だった。
「目が覚めたばかりのところ、申し訳ありませんね」
「いえ……」
あまり申し訳なさの感じない声を耳に、俺は半身を起こす。
白い壁、仕切られた足元までのカーテン、硬めのベッド、それから様子を見に来た看護師の姿に、漸くそこが病院の一室だと理解する。窓の外から見える景色は最後の記憶よりも随分と日が高かった。
個室ではないように感じる部屋は静かすぎて、カーテンが閉められているのもあり他の患者が存在しているのかも分からない。畑瀬が手元で捲るメモ帳の音だけが響く。
「改めて、
「はい……」
「昨日の夕方五時頃、近隣住民の方の通報であなたと、もう一人成人男性が河川敷で倒れているところを発見しました。これの記憶は?」
「……あります。そいつは俺の、同期で……白崎ってやつです」
「残念ながら、その白崎さんはお亡くなりになっていました。随分と酷い状態でしたが、心当たりは?」
淡々と読み上げるような畑瀬の言葉に胃の中がぐるぐると回る。流れるように質問を受けていたが、これはれっきとした事情聴取だ。
黙り込んだ俺に、メモを取っていた畑瀬がちらりと顔を上げる。先程より僅かに鋭さを増した目に射抜かれて思わずごくりと喉を鳴らした。
「……俺、疑われてるんですか」
「ああ、失礼。業務上必要な作業でして。ただ、ああいう不審な死に方をされた方はこちらも調べなきゃならんのですよ。遺体は
思い出したように畑瀬の目に柔らかさが戻る。それから先程の言葉に追求しても良いのか戸惑い、小さく深呼吸した俺は思い切って訊ねた。
「不審な死に方っていうのは……」
俺の言葉に畑瀬は取っていたペンを置く。まっすぐ見つめてくる目が一瞬陰った。
「白崎さんは、ご自分で石を噛み砕き食べていたようでした。司法解剖の結果、胃の中は石がびっしりと詰まっていました。それでも食べようとして喉を詰まらせたんでしょうな、食道まで……」
口は欠損されていました。その言葉で、俺は上体を保っていられずにどさりとベッドに倒れ込んだ。気を失う前に見ていた光景がフラッシュバックし、胃の中が引っくり返るように気持ち悪い。吐きそうだった。
「秋成さん、体調の悪いところ申し訳ありません。何かご存知ですか」
「――知らないッ! 俺は何も知らない! あいつが、白崎が無断欠勤して、アパートまで行ったけどいなくて! 見つけたときにはもう……!」
畑瀬に背を向けて、頭に浮かんだぐちゃぐちゃの白崎を追い出すように体を縮こませる。ふとした拍子に思い出すあいつの血塗れで笑った顔が胃の中をひっくり返していく。
しばらくそうしていたが、ふいにカタリと音がする。
「何かあればまた来ます。お大事に」
衣擦れの音がして、畑瀬が立ち上がった気配がした。
それはそのまま静かに病室を出ていった。
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