5
繋げたままのスマホから絶えず嗚咽が聞こえてくる。思い出したように固いゴリッという音が響き、今度は何か柔らかいものが潰れるグチュという音も混じりだした。その合間に白崎の謝罪が縫うように届く。
俺は辺りを見渡しながら足を動かしていた。偶然の可能性もあるが、さっき聞こえた救急車のサイレンが通話からも聞こえてきたということは、白崎は近くにいるのかもしれない。もう既に赤く染まってしまった空が血のように滲む。スマホを持つ手から汗が滲み、額からは脂汗が垂れた。鼓膜に白崎の謝罪がこびりつく。
『ごめん、ぐっ、おえっ……あき、あきなり、でも仕方なくて……うぐっ……ぐぇ……』
「もういいから、どこにいるんだよ!」
白崎はしきりに、ごめん、仕方ないを繰り返していた。
住宅街に影が落ちる。すれ違った見知らぬ住人が俺の方を見て顔を顰め、早足で去っていく。ここに来た時の面倒だという気持ちは完全に萎え、俺は焦っていた。見つからない白崎にではなく、何か得体のしれないものが背後をぴったりついて回っているような焦りだった。その時、耳に当てたスマホから一際大きいゴリッという音が響く。
『あ……あひぃない……』
耳から頼りない声が滑り込んでくる。俺の喉からヒュッと息が漏れ、辺りを見渡していた目が、河川敷に伸び散らかした雑草の間に蹲るものを捉えた。
「白崎!」
顔が見えたはずもないのに、俺は駆け出していた。一段下がった河川敷を滑り落ちるように走り抜け、腰ほどにも伸びた雑草を掻き分ける。絡まった草が皮膚に当たりチクチクと痛んだがそんなこと気にしていられなかった。雑草の真ん中に隠れるように蹲り、しきりに手を動かしているそれに近づく。
「おい、お前! 白崎だろ! こんなところで――」
俺は言葉を切った。
横顔は、確かに見知った白崎のものだろう。確信が持てないのは、その顔が半分から下がぐちゃぐちゃに潰れていて真っ赤に染まっていたからだ。俺はそんな白崎の顔は知らない。確かめようとして伸ばした手が空中で止まる。
「しら、さき……?」
やつはしきりに手を動かし、足元に散らばる石を拾ってはそれを口に含んで噛み、食べていた。河川敷に落ちている石だ、その辺の石より大きくてゴロゴロしている。それを無理矢理噛み、歯が折れ、歯茎だけになった口でまた石を噛み、ぐちゃぐちゃに潰れたトマトの果汁ようにぼたぼたと血液が噴き出してもまだ石を食い続けている。いまだに耳に当てていたスマホと同時に、目の前からゴリッという音が響いた。俺は足から力が抜けてその場に崩れ落ちた。
「は……? なん、え……?」
情報処理が追いつかない。俺は今何を見ている?
ぐちゅぐちゅと肉が潰れる音が川の音に流されていく。座りこんだやつの足元は血溜まりになっていて、赤黒い肉のような破片と搔き集められた石がぬらぬらと光っている。その中にはスマホも無造作に置いてあった。俺と通話が繋がっているだろうスマホだ。
ふと、一心不乱に石を食べていたやつの動きが止まり、首がこちらに向けられる。虚ろな目をしたそれは、確かに探していた白崎だった。目が合う。
「あ……あ、ひぃ……お、えん……」
歯どころか、口さえも原型を留めていない白崎は弱弱しく言葉を発し、ぐちゃぐちゃに潰れて真っ赤になったそこを僅かに持ち上げた。
それが笑ったのだと、謝罪の言葉だったのだと気づいたときには、彼の体は糸が切れたように崩れ落ち、それから一切動かなくなった。
俺はその場で気を失った。
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