3
室内は嫌に暗かった。
靴を脱いで廊下を進む。大人が二、三歩歩けば突き当りの扉に辿り着けるような短さだ。その間に右手に浴室、左手にトイレが備えてある。浴室の隣には子供のおままごとのようなコンロが設置してあった。状態がかなり古く、白崎が使っていたかどうかは判別できない。
思ったよりしっかりした板張りの廊下を抜け、閉められたガラス張りの扉の前に立つ。咄嗟に頭に浮かんだのは、田舎の年寄りの家みたいな扉だなということだった。今では一部の間でレトロだと喜ばれそうなものだ。そんなことを掠めながら取っ手に手をかける。
建付けのせいなのか僅かな引っ掛かりを手に覚えながら開けた先は、こじんまりとした空間だった。八畳くらいだろうか。左手の壁際に書類などが乱雑に積まれた小さな本棚、右手の壁寄りに敷きっぱなしのヨレた布団、その間に肩身を寄せるような炬燵机、奥には光を遮断するように閉められた色褪せたカーテンがあった。足元にコンビニの袋やらプラスチックの容器が転がっている辺り、自炊はしていないように見える。
収納スペース用に押入れ――クローゼットではなかった――があったが、中は引越業者の段ボールに入れられた雑貨などがあるだけだった。引越当時からそのままなのかもしれない。ざっと見渡しても白崎の姿は確認できなかった。
「きったねぇ部屋」
思わず眉を顰める。白崎とは入社以来接点はなかったが、身の回りも片付けられない男だったのか。彼の職場での雰囲気を思い出そうとしたが、あまり記憶になく無駄に終わる。
俺はスマホを取り出し、大量の連絡先欄を指で滑らせる。その中から見つけた『白崎良介』をタップした。
ここに来るまでの時間、試しに連絡先を探すと白崎の名前が入ってあった。いつの間に交換したかも記憶にない。おそらく、新人歓迎会の時にでも社交辞令で交換したのだろう。入れていたことすらも知らなかったくらいだ、一度も連絡を取り合っていないそれに繋いだがコール音だけが続いている。
「勘弁しろよ、ほんと……」
溜息と一緒に声が漏れた。これで明日見つかりませんでしたと部長に報告すればグチグチ文句を言われるのは俺だ。理不尽すぎる。
耳に当てたスマホから変わりのないコール音を聞きながら、部屋の中をぐるりと見渡す。何かないかと思った。
本棚の方は仕事関係のものや請求書類の物が分けられもせず詰め込まれている。炬燵机の上には飲み終わって洗われた形跡のないコップ、転がったボールペン。その横にメモ用紙を切り取ったような紙が二枚置いてあった。俺はしゃがみ込んでそれを覗く。
高架下
片方にはそれだけが書かれてあった。何のことか分からない。
もう片方に目を向ける。
近江
電話する
人の名前だろうか? 電話の文字の下に携帯番号が綴られてある。『近江』の文字にはペンで何十にも丸を書いたようにグルグルと囲われていた。その文字はミミズがのたくったように乱れている。
俺は逡巡し、電話番号が書かれた方のメモをポケットに突っ込んだ。
他を見渡しても目ぼしいものはなかった。風呂もトイレも見たが、白崎が隠れているようなこともなかった。耳に当てたコール音が嫌になって切る。
もう出るかと立ち上がって部屋を後にしようとした時、何かに躓いてバランスを崩した。
「あっ……ぶね!」
咄嗟に壁に手をついて無様に転ぶのだけは免れたが、その拍子に本棚にあったいくつかの書類が床に散らばった。パラパラと落ちる書類を横目に足元を見ると、片手に納まるほどの石が床に転がっている。これに躓いたらしい。
「くそっ、なんなんだよマジで!」
表面がつるつるとして河原にある石を連想したが、それよりも見つからない白崎に苛立ちが募っていた俺は当てつけのようにその石を蹴り飛ばし、散らばった書類もそのままに部屋を出た。
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