人生を変えたくなったので自己啓発本の内容を実践してみた件

Mameno

プロローグ

第1話 今日は婚約破棄記念日

 空がどんよりと曇った炎夏の昼間。賃貸の1Rの一室で、部屋の主である【荒川 はるか】は床に座った状態で天井を仰いだ。最近みたテレビで芸人が両腕を広げて空に向かって“なんて日だ“と言う芸をやっていたな、なんてことを思い出し、それをまねるように両腕を上にむかってぐっとの伸ばす。


「なんて日だ!! 」


あぁ、思いのほか声がでてしまった。

狭い一人暮らし向けの部屋に響き渡るそれは、むなしいことに自分だけしか聞いていない。もしかしたら、隣の部屋まで聞こえているなんてこともあるかもしれないが、いつも静かにしているのだから、今日ぐらいはお隣さんも許してくれるだろう。ちなみに、腹から声を出したものの一ミリも心は晴れていない。だが、もうそれも今日という今日は仕方がない。


なんせ、婚約者から”婚約破棄”されてしまった記念すべき日なのだから。


はるかは両腕を下ろし、天井に向けていた首を項垂れた。思いのほか力が入っていなかったのか、首は勢いよく傾き、はるかに少しばかりの衝撃を与える。いや、少しじゃない結構だ。はるかはずきずきと痛む首の付け根を手で抑え、小さく呻いた。

「最悪」

首をさすりながら、顔を少しだけ上げれば、艶のない髪の毛が一束、はるかの目前をぶらりぶらりと揺れている。

生まれてこのかた持ち主に対してずっと反抗期の髪の毛は、今日も相変わらず絶好調にあっちやこっちやと好き勝手にうねっていた。全くもって言うことを聞いてくれた試しのない髪の毛に対して感じることは、あぁ、なんと煩わしいだけだ。はるかは小さく舌を鳴らすと、それを乱雑に払いのけた。

だが、不幸というものは連続するものである。払い方が悪かったのか、髪の毛は一瞬、宙へと浮かぶとはるかの眼球に向かって鋭い一突きをくわえた。


「あがっ!!?? 」

クリーンヒット、会心の一撃だ。

目が目がと某アニメ映画のム〇カ大佐も顔負けの勢いで両手で目を押さえながら、うぅ・・・・・・うぐぅと呻く。痛い、痛すぎる。首は痛いは、目は痛いは。もう踏んだり蹴ったりもいいところだ。

「なんで私がこんな目に合わなきゃいけないのよ」

はるかはカーペットが敷かれた床に額をつけると猫のように背中を丸めた。まだ、目は痛い。生理的な涙が頬を伝い、押さえている手のひらをしとしとと濡らしていった。部屋の外ではセミたちが求愛大合唱をしており、今のはるかには不釣り合いなBGMを奏でている。


「もう30歳なのよ……最悪」


痛みが少し和らいだところで、目元から手を外し、顔だけを横に向ける。テレビ台のガラス張りの戸棚には哀れな自分が映っていた。

髪の毛はぐちゃぐちゃ、朝は気合をいれて化粧した顔はもうシンデレラの魔法が解けてしまったかのようにドロドロな感じが遠目からでもわかる。シンデレラに例えてしまったが、シンデレラとは違い、自分にはガラスの靴もなければ、王子様は迎えに来てくれない。勝手に例えて勝手に打ちのめされる。もう一層、このまま楽にしてほしい。

はるかは目尻に残った涙を拭うと、ふんっと鼻を鳴らした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

人生を変えたくなったので自己啓発本の内容を実践してみた件 Mameno @minapian

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ