第7話

風呂から上がり髪を乾かしていると玄関のドアが閉まる音が微かに聞こえた。

だが気にせずにいた。

きっとここに来るだろうなと思ったからだ。

案の定、洗面所のドアを開き悠々と入ってくるなり"一緒にお風呂に入ろうと思ってたのに"と捨て台詞を吐きリビングに向かった。


髪も乾きリビングに向かうとテーブルにはスーパーで買ってきたであろう惣菜などが並べられていた。

お皿に小分けにもされており意外な一面を知ることになった。


「せっかくのお泊まりだよ。夜は楽しまなきゃ。」


「今日泊まるとは聞いてなかったぞ。楽しむのは結構だが近隣に迷惑なるほど叫ばないでくれよ。」


大丈夫というがこっちの音羽ほどお転婆でヒヤヒヤする女性に出会ったことはない。

終始目を離さずにいるしかない。


君は思い出した出来事のようにしれっと脅しをかけてくる。


「こないだウチの裸を見て責任取らないのは最低だよ。」


不敵な笑みで見つめてくるが視線を逸らしテレビに目をやる。


「言い訳じゃないが見たくて見た訳じゃないんだ。脱がせてきたのも君だし。第一あの時は話に行っただけだし。」


言い訳じゃないと言ったが弁明のしようがなく心は見透かされている。


「今日のお泊まりで裸を見たことはチャラにしてあげるから。そんな真面目なふりしても欲求には勝てなかったんだし、なんだかんだ君はオオカミじゃん。それに私も恥ずかしかったんだよこんなイケメンな男の人の前で裸になるのは。」


イケメンなど女性に一度たりとも言われたことがないため思わず胸が熱くなる。


「ぼくはイケメンとは程遠いよ。でも嬉しいな異性に言われると」


「君がいた世界の音羽ちゃんもカッコいいと思ってたはずだよ。保証してあげる。ウブな君にお姉さんがキスしてあげる。」


キスは本当に好きな人とだけするものだと言い聞かせその場は凌いだ。

君の事だから恥じらいもなくしてくるのは目にみえている。

スマホを開き時間を見ると11時になっておりお風呂に入らせることにした。


「ウチお風呂入るから待っててね。見たいならドア開けても良いから」


開けないと言うと鼻先をつんと上に向け少し強めにドアを閉めた。


待っているいる間ソファで寝落ちしており気がつくと胸元で音羽が眠りに付いていた。

気付かれないよう髪を撫で恋人気分を堪能し少しだけ体勢を直し眠りにつくことにした。


夏ということもあり夜明けは早く鳥のさえずりで目を覚ました。

起こさないよう音羽をソファーに下ろしトイレに行くことにした。

意外な事に用を足している時までお構いなくドアを開け待っている。

鍵をしていない自分が悪いのだが想定外の事だった。


「さっきまで寝てたろ。もう起きたのか。」


「ソファーに下ろしてる時は起きててどこに行くか監視してたらトイレだったってなだけだよ。一度裸の付き合いもしたんだし気にしなくていいから。」


相変わらず不敵な笑みで笑い、事あるごとに物事を楽しんでいるように思える。

恥ずかしさで出るものも出ず見つめ合っている時間だけが過ぎていく。

出ていってくれないかと言うが見守っていると訳分からない事を言い動く気配はない。

手を伸ばし無理やり閉め事を終えた。


「"おとは"恥ずかしさとかないのか。ぼくだから良いものの他の人ならドン引きされてる出来事だよ」 

怒ってなどはいないが強めの口調で言った。


「君だからしたんだよ。椎名陽大くん。」


知り合って初めて名前で呼ばれて気づいたが今の様な関係性も悪くないと思えるようになっていた。

垢抜けた音羽も愛おしく感じていた。


「初めて名前で呼んでくれたけど心境の変化でもあったのか?」


「特にないけど呼んでみたかっただけ。同年代の男の子とこんな感じで接した事がないから。あくまでお客としてしか接した事がなかったからね。」


日頃疑問に思っていた事があり恋人は居るのかということで

仮に恋人が居ても友達として良好な関係を気づく予定に変わりはなかった。


「音羽って彼氏とかいるの?」


「直球に聞いてくるね。ウブな椎名くん。今の仕事してると元カレ多いと思われがちだけど今まで一度もできた事ないよ。私の初めてもここで奪われたの。」


信じがたい話だがさすがに嘘をついているように思えず信じる事にした。

諸事情があって働いていることは前に聞いたため詮索するつもりもなかった。

気がつくと音羽を抱きしめており守りたい気持ちが優位に立っていた。


「どうしたの急に。椎名くんらしくないじゃん。紳士を気取っていた君はどこにいっちゃたんだろうね。」

もっと抱きしめてと囁く声に感情は抑えきれずソファーに押し倒しキスをしていた。


「ぼくは君の事が好きになってしまったみたいだ。気持ちに嘘はつきたくない。」


「男の子はそうでなくちゃ。椎名くんには一度しか会った事なかったけど私も好きになっていたんだろうなと思う。どこか安心感があるんだ。純粋に女性として扱ってくれる君が愛おしいんだろうな。」


ぼくらはお互いが満足するまでキスをした。

満足すると何事もなかったかのように君はテーブルに並べられた惣菜を口にする。

お昼からは出掛け夜は泊まりのため残さず食べないといけない。

腹八分にしておきたかったんだが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

時を戻してキミに 伊藤深 @itoshin0505

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ