輻輳する想い Part 10
マグナスが電話を切るとカールは確かめた。
「本当にリユニオンなんか出来るのか?」
「さあね。彼ら次第だよ」
マグナスはそう答えたが、カールは何か物足りない感じがした。そもそも、カールにとっての気掛かりは、マグナスが自分には真意を隠しているところにあった。本性を偽って、どうして自分にはアンクルサムのような愛嬌を見せるのか。仮にそういう策略があったとして、それが分かってしまうと、却って自分が信頼されていないと鬱屈する。
一方のマグナスは過去のこともあってか、再び敵対する関係になって、印象を悪くしてしまうのでは、と腐心していた。カールが1族の行いを知っていることに気付いていない彼は、あくまでも善良な父として振る舞おうとしていた。とはいえ、何れ明かさなければならない事実。しかし、その老婆心にも似た心遣いが枷となって、いつまで経っても明かせないまま、日々を遣り過すばかりであった。
ベリルは溜息を吐いた。ふたりの思惑を見抜いていたが、それをどうこうするわけでもなく、ただ見過ごしていた。彼女からすれば、誰が敵であろうと、ひとにどう思われようと、大して気にとめるものではなかった。ただ、下手なことをして、厄介な事に巻き込まれるのは御免だった。
トロンとバリーは相変わらず気楽に見えた。マグナスのことは疑いもせず、また1族の近況など気にも留めなかった。悪人がやっつければそれで目出度し目出度し、そんな暢気な事も言っていた。そんな弟たちを見て、ベリルはなんて幸せ者なのだろうか、と感じていた。一方のカールは、何も知らない彼らを憐れんだ。そしてマグナスは、普段通りのふたりの様子を見て、益々1族のことが伝えることに躊躇いを感じた。
一方で、アルベルトは不安に襲われた。襲撃があってから、姉からターラとインディラを先に逃がした事を聞いたのだが、それから丸1日が経過しても、連絡が付かなかった。何度メッセージを送り、電話を掛けたかを、数えるのもやめていた。アルベルトはこのことで、ずっと部屋中をウロウロしていた。
そもそも13族は複雑な家庭環境であった。アルベルトには物故の息子がひとり居た。その息子は父の手をとことん焼かせる厄介な子であった。悪友とつるんで酒と女に明け暮れていた彼は、いつも帰りが遅く、ときには警官に呼び出されることもあった。定職に就かず、いつまで経っても親から離れられない彼を、要らぬ親心からついつい許してしまう。そんなある日、ボリスが彼の為に嫁を探していた。しかし、相手が決まるちょうどその日、いつか訪れた娼家の女の妊娠が発覚した。女は出産間もなく亡くなり、女の赤ん坊だけが残された。一家は自分の息子の責任を背負い、その赤ん坊を受け入れた。しかし、アルベルトの息子は一切の育児には関わらず奔放な日々を送っていた。
最初の見合い話は破談し、結局ふたり目の相手を探し、無理矢理結婚をさせた。女は女の子を出産したが、相変わらず子育ては妻に任せ、自分は相変わらず外で遊んでいた。その間にも浮気をし、新たに男の子が生まれた。子供は浮気相手に押し付け、家族にはそのことを黙っていた。可哀想なのはその女だった。子育てに疲労が溜まったのか、病気に罹り、それが元で亡くなった。私生児が発覚したのはその際であった。アルベルトはその子供をも預かった。
息子の妻はふたりの娘の子育てをしていた。しかし、必然的であろうが、娼婦との間で生まれた娘よりも自分が産んだ娘の方を大切に育てていた。仕送りはしつつも、仕事の関係で別居していて、アルベルトは時々息子の家に顔を見せていたが、いつもそのことに憂いていた。そして、ある日突然、息子の妻は蒸発し、ふたりの娘は取り残された。翌週、息子は酒場で諍いを起こし、相手にぶたれた際に、打ちどころが悪く、帰らぬ人となってしまった。母の違う孫たち、ターラ、インディラとゴールは結局アルベルトが育てた。
成人し、3人は不老不死にもなり、親のことでの蟠りは解消されたように思われた。しかし、《イコサゲン》を立ち上げたばかりの頃もまだ、家族崩壊の危機が静かに燻っていた。誰よりもそれを危惧したのがアルベルト自身である。事実、アルベルトもボリスも、ターラとインディラがふたりきりで話した様子を見たことがない。ターラはあまり感情を表に出さないし、インディラも話すことは得意でない。長い事一緒に暮らしてきたからか、単に気持ちを伝えるのが照れくさくなっているのか、それとも親のことがまだ根に持っているのか、アルベルトはそのことについて知る由もないし、確かめることも憚れた。ゴールに至っては、ふたりのことにはまるで関心がなさそうだし、この歪な家族はボリスが居なければ全く冷え冷えとしていた。
そして襲撃の後、ターラとインディラは行方を晦ました。それから数日間、アルベルトはそのことをいつも口癖のように呟くようになった。シリカはそれにうんざりして、いい加減200歳近くの人間を心配することなど無用だ、と厳しく当たった。アルベルトはそれに対し、君たち薄情者はスタヌスの事を心配しないのは、殆ど他人に近いからだ、と痛烈に批判した。それがシリカの心に強く刺さったらしく、彼女は苦い表情をしていた。アルベルトは我に返り、心もとない言葉を浴びせたことを謝罪した。シリカも、照れくさそうに謝った。
アルベルトと同じように心配しつつも、彼のことを励ましたのは、ターラにインディラを連れて行くよう指示したボリス張本人であった。ボリスは普段通り、マイペースな楽天家のように振る舞っていたが、それは決して彼女が能天気であることを意味しない。むしろ、ターラに指示したことは自分の責任だし、何より姉としての矜持を彼女は持っていた。
揺らぐ家族の絆、しかしそんなことは敵には何の関係もない。欧州中に中毒患者はあとを絶たないし、それが益々国民の間で水への拒絶反応が起き、連動して脱水症状の患者も増加している。そしてウルバンとトールが脱走してからおおよそ2ヶ月、同盟は漸く大きな成果を挙げることとなる。
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