輻輳する想い Part 9
《イコサゲン》ビル襲撃の翌日、マグナスは遂に1族に一本の電話を寄越し、彼女らにファミリー・リユニオンの旨を伝えた。応対したのはナナ、しかし《プラティナ・バンク》から次の依頼がいつになるかが分からない以上、この通話の内に日時を決めかねた。だが、それ以上に、突然伯父からの提案に困惑して、なかなか話が弾まなかった。しかも、彼らにとっては久しく会っていないものだと思っているだろうが、ナナにとっては数日前に戦闘したばかりだ。ベリルとカールに至っては前日にやり合ったばかりだ。しかも、IEUはちょうど混乱しているだろうに、どうしてよりによってこのタイミングで誘ってくるのかが不思議で堪らなかった。向こうは至って気さくに話しているが、まだ頭の整理がついていないナナは素直な気持ちになれなかった。「またいずれ連絡するから、予定が空いた日があればその都度教えて頂ければ、こっちは向こうの予定に合わせるから」マグナスが最後にそう言って、別れの挨拶をして通話は終わった。数年ぶりに伯父と話す緊張感から解き放たれたナナはソファーに深く座り込んだ。束の間、まるで狙ったかのように立て続けて《プラティナ・バンク》から電話が来た。それは、社に翌日来てほしいというものだった。
そのまた翌日、リオネル、ナナ、シャーロット、ルビー、セシリアの全員が《プラティナ・バンク》本社にやって来たのだった。これまでにも高いビルを見て(そして壊して)きたが、縦に高いだけでなく、横にも広く堅牢な建造物には瞠目した。
「そういや、意外にも《プラティナ・バンク》の本社って初めてじゃないか?」
リオネルがそう言うとシャーロットは頷いた。
中に入ってみると、これまで行ったビルとは比べ物にならないほど天井が高く、開放感があった。加えて吊るされた照明も、壁や床に設置された現代美術も点数に関しても、規模に関しても豪奢で壮大であった。そんな国立の美術館とでも見紛うような空間に、一行は目が眩むくらいあちこち視線を向けた。
「あっちに受付があるよ」
とルビーは指差した。受付の机も空港のチェックインスペースの如く非常に長かった。一行は恐る恐るそこへ向かった。
「あの、すみません」
代表してナナが受付に声を掛けた。
「社の者に呼ばれて、こちらを伺っている者ですが」
すると、受付の女性は何かを察して質問した。
「もしかして、アバディーン様御一行ですか?」
アバディーンとは1族と2族の者たちの姓である。
「あ、はい」
「では、私が部屋に案内致しますので御同行お願いします」
そういって受付の女は自動改札機に5人を通し、エレベーターホールまで誘導した。エレベーターに全員を乗せると上から5番目の階のボタンを押し、昇った。ドアが開き、まるで高級ホテルの廊下の景色が広がっていた。受付の女は5人をエレベーターから少し離れた部屋まで連れていった。
「こちらです」
目的の部屋まで辿り着き、受付の女はドアを開けた。
「どうぞ、お入り下さい」
5人は入室した。そこは、少し暗めのテニスコートふたつ分の広い部屋であった。そこはバロック的な装飾がなされた華美な部屋であった。真っ赤の絨毯の先にはポツンと机が1台と、背を向けた背凭れが高いアームチェアが置いてあった。受付の女がドアを閉じると、アームチェアは回転した。座っていたのは社長のプラシダだった。
「あら、君たちね。電話越しではかなり話していたけど、対面するのは何年ぶりかしらね」
「直接話がしたいと言ったので、やってきましたが、一体どういった目的を?」
とナナ。
「今までは、ほら、特殊な線を張って通話していたけど、今回は特に外部に漏れると困るからね、念のため、対面にしているのさ」
プラシダが答える。彼女が言う特殊な線とは、通常の電話回線ではない、機密な連絡をするために作った独自の回線のことである。通常の回線はシリカが完全に網羅しているため、その対策として前々から用意していた。
「その話って一体何なんだ」
とシャーロット。
「おっと、その前に、昨日随分余計なことをしたみたいじゃないの。その
とプラシダ。しかし、5人には彼女の言う「余計なこと」の心当たりが全くなく、お互いの目を見ていた。
「あら、そうだった。君たちにはまだ話をしていなかったわ。あんた、入って来なさい」
すると、5人が入ってきたドアとは異なる、机にほど近いドアを、先程の案内役が開けた。そこから入ってきたのは奇っ怪な動きをする、全身白銀色をした男であった。入ってきた人物に、5人は目を疑った。
「もう、隣部屋でずっと待ってて、おいら、すっげえ暇だったよ、うひひひ」
「それは失礼したな、ハルゲヌス。おや、あんたたち随分背筋が張っているけど、何かまずいものでも見たのかい?」
プラシダの質問に、ナナは震えた声で訊ねた。
「そいつって、ハルゲヌスなの?」
「何だ、ハルゲヌスに怯えているのか。まあ、それも無理がないけどね。昨日もやり合ったみたいじゃない?」
とプラシダ。するとハルゲヌスは無邪気な感じで言った。
「おお! 君たちも来てたのか! おいらと遊びに来てくれたのね! 嬉しいよ!」
1族の女4人の顔はむしろ嫌悪感すら滲み出してきた。一方のリオネルは一体どういう状況なのかが全く把握できず、こっちとあっちを見比べていた。
「ダメよ、ハルゲヌス。彼女たちは私たちの仲間なのよ。仲間同士で喧嘩しちゃ困るわ」
「勿論とも! おいらは喧嘩嫌いだもん! 遊ぶだけだもん」
「ホントあんたって物分りが悪いね。とっととこの世から消えてもらいたいくらいだわ」
プラシダは2文目で唐突にどすの利いた声になった。
「それが楽しいならおいら賛成!」
「じゃあ、取り敢えず一旦部屋を出ていってもらおうかな」
「了解!」
そういって案内屋が開けたドアに向かい、ハルゲヌスは元気よく部屋を出ていった。ドアが閉じるとナナは質問した。
「何でハルゲヌスがここに? 仲間ってどういうこと?」
「仲間? 文字通りの意味ですけど? 彼はあなたがた同様に私の協力者なのさ」
ナナは一昨日のハルゲヌスらが行った悪行を思い出していた。そんな愚かな行為をしておいて一体なぜ協力関係にあるのか。そこで、彼女は根本的な問題へと立ち戻ったのだ。そもそも、3つのビルを破壊することの意図は一体何なのか。プラシダが目論んでいることは一体何なのか。なぜ突然にそんな思い付きをしたのか。質問攻めにするのはあまりにも品がない。彼女はそこでひとつの質問にして訊ねた。
「では、私たちは一体何に協力していたの?」
すると、プラシダは含み笑いをした。
「仕方ない。流石に黙っていてもいずれ明かされるものね。いいだろう、教えてやろう。君たちは我々が起こした戦争の、謂わば宣伝となっているのよ」
「宣伝? どういう意味だ」
とシャーロット。
「そりゃ、あんな派手な爆破をしてしまうと、マスコミも黙っては居られないでしょうよ。まあ、案の定向こうは必死に押さえつけているけどね。それじゃ、問題。昨日君たちに《イコサゲン》のビルを攻撃してもらったのは何故でしょう?」
「そりゃ、《イコサゲン》の本拠地を潰すことで彼らを抑えることなんじゃないのか?」
リオネルは早速プラシダの問題に回答した。
「ブッブー。違います」
「《イコサゲン》の印象を悪くするため?」
ルビーも答えたがそれもプラシダは不正解と見做した。それから5人は答えを出せず、そのまま空白の2分間を過ごした。プラシダはそれに痺れを切らした。
「全く、君たち一昨日ハルゲヌスと会ったんじゃないのか?」
「まさか…… 真の目的を隠すための目眩ましだと言うの?」
セシリアがそう答えると、プラシダの機嫌は明るくなった。
「正解! まあ、一昨日の場合は、インディラ誘拐が真の目的というわけさ。君たちは派手なことをするのに適任で、インディラは誘拐に格好のこだからね」
「インディラの誘拐って…… 一体何のために?」
とシャーロット。
「おっと、それは流石に明かせないわ。それよりも、今までの真の目的が気にならないか」
「確かに、気になります」
とナナ。
「ではせっかくだから教えてあげようか。まず《クリスタロゲン》の襲撃から。あれは彼らが秘密裡に行っていたフリーエネルギー計画とやらのデータを盗むためだったのよ」
事実、4人がビルを襲った際、プロンブスは遅れてやってきた。その間、彼はデータを引き抜く要員を密かに入れていたのだ。
「これがそのデータだ。全くあいつらはとんでもないものを作り上がっている」
そういってプラシダは机の上にUSBを何本か出した。
「全く、とんでもないものを作りあがっているよ。そんじゃ次、《レア・アース》の襲撃、あのときはわざわざ放射性物質を散布してもらったよね」
ビル周囲に検出された放射線の正体は、4人が爆破前、水道や建物内にばら撒いた放射性物質であった。
「あれの場合は、単純にイミール怒らせることが目的だったのよ。彼がウルバンの仕業だと確信させるために、ハルゲヌスをそこに向かわせてウルバンに擬態してもらったのよ。結果、見事に騙されたわよ。ターラから報告があったのよね。笑っちゃうわ」
プラシダは話している間にも有頂天になってきた。しかし、すぐに態度を切り替え、再び威厳のある感じを醸し出した。
「さて、君たちの今後のことなんだが、私、マグナスからファミリー・ユニオンに誘われたみたいじゃないの。傍聴していたから知っているのよね」
「それがどうしたと言うの」
とナナ。
「あいつらの所に行きなさい、10月29日に」
「でもそれって、《プラティナ・バンク》の創業パーティーがある日」
シャーロットがそう言うとプラシダは笑い出す。
「だからこそさ。あの日に纏めて大胆に仕掛けるのさ」
「それを打ち明けるために僕らをここに呼んだのか」
とリオネル。
「ええ、そうだ。作戦をこっちで考えたからそれを教えてあげよう」
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