輻輳する想い Part 8

 青いメカスーツが割って入っていった窓ガラスに残りの3体のメカスーツが飛び入り、着地と同時にメカスーツは畳まれた。青のメカスーツは、投げつけられたガリウムボールによって腐食し、胴体部分に巨大な穴が空いていた。3人は破損したメカスーツの方へ駆け寄った。

「セシリア! 大丈夫か」

 そう言ったのは赤のメカスーツの女だ。メカスーツを畳んだ3人は壊れたメカスーツを無理矢理外す作業に取り掛かった。中から顕になったのは悔しいそうな表情をした女だった。

「もう、何なのよ」

「ったく、油断しなきゃ絶対そんな目には遭わなかったのによ」

 彼女らがしているイアフォンから、高めの男性の声がした。

「あたしだって重々警戒していたんです」

 ほっぺたを赤く膨らましながら青のメカスーツの女がぼやいた。

「こら、リオネル。あんた、現場に居ないクセに口先だけは達者だな」

 と黄色のメカスーツの女。

「へ、僕だったら絶対によけてたよ」

 とイアフォン越しの声。

「もう1台予備なんてないし、私たちの誰かがあんたを抱えて飛んで逃げるのもあれだし、ここからズラかるのが懸命ね」

 と紫のメカスーツの女。黄色のメカスーツの女は相槌を打ち、4人はそこから足でビルを抜け出すことにした。彼女たちが居たのはビルの5階。エレベーターも流石に機能していないので、非常階段を使って、速足で駆け下りることにした。1階のロビーに出ようととすると、男女のひそひそと揉める声と共に、狐のような小さな鳴き声が聞こえてきた。音は出口付近から聞こえた。怪しいと感じた黄色のメカスーツの女は様子を伺いに、そっと近付くことにした。同様に怪しさを感じた他の3人も、リーダーにぞろぞろついていった。

「様子見はあたしがやるから、あんたたち、裏口から早く出て行きな」

 黄色のメカスーツの女が3人に囁いた。紫のメカスーツの女は自分の意志で見ているのだと返答した。他のふたりは頷いた。自分ひとりだけが直接確かめるのも不公平だ、もし自分が彼女たちの立場ならば頑としてついていったであろう、そう思ったリーダーは3人がついてくることを許可した。もう音の発生源から間近に寄っていた4人。リーダーは曲がり角に頭だけを出して確認してみた。すると、彼女は見えた光景に目を疑い、すぐに頭を引っ込んで、口許を両手で隠した。

「ナナ、どうしたの?」

 紫のメカスーツの女が訊いたが、返事は全くなかった。すると今度は紫の女が顔だけを乗り出して、向こう側の光景を見るや否や、まるで頭に電流が走ったかのような衝撃に囚われ、彼女は思い切って全身を乗り出した。

 向こうにはインディラの手足口をガムテープで縛り付け、スーツケースに詰め込もうとするプロンブスとターラの姿があった。インディラは呻きながら、必死に抵抗しようとした。

「こらこら、ちゃんと姉ちゃんの言う通り大人しくしろ」

 ターラは無理矢理インディラを押さえつけた。プロンブスはターラに落ち着くように何度も声を掛けたが、それは却って彼女の機嫌をさらに悪化させた。

「お前もさっさと手伝え!」

「シャーロット、ちょっと勝手に」

 黄色の女は紫の女の独断専行に思わず声を出した。

「ちょっと、あんたたち。一体どういう状況なのか説明してくれる?」

 シャーロットは眉を吊り上げてふたりに言った。ついで1族の3人も身を乗り出したが、まだ様子を見ていなかったルビーとセシリアはその悍ましい光景に息を呑んだ。

「うわ、災厄だ。誰かに見られちまったじゃねえか」

 プロンブスは汗をかいた。

「あんたがチンタラやっているのが悪いんだろうが」

 ターラはどすの利いた声で言いながら無理矢理インディラを押し込んでスーツケースのジッパーを閉め始めた。

「参ったな、本来なら大事にがしたくないが、撃つしかないな」

 プロンブスは右指を1族の方に向けた。

「おいおい、まさかあたしたちに向けて発砲しようとでも思っているのか? 分かっているよね、そんな脅しがあたしたちに通用しないってよ」

 シャーロットが声を張った。すると、彼女の足許目掛けてプロンブスは2発撃った。それに驚いたシャーロットは思わず反射的に下がった。

「なんだ、やっぱり怖いんじゃないか、お前らが撃つ光線の方がよっぽど強いのによ」

 とプロンブス。

「それはどういう意味だ」

 とナナ。

「惚けるな、こっちはわかってるんだぜ。《クリスタロゲン》、《レア・アース》、そして今日の《イコサゲン》の襲撃犯がお前らだって言うことがよ」

 プロンブスはそう言って、彼女たちの後ろの壁を目掛けて数発撃った。4人は耳を押さえて身を低くした。

「平気だって言ったクセに、ビビってんじゃねえか」

 プロンブスはまた撃った。

「こっちはまだ回答を貰っていないんだけど?」

 とシャーロット。

「回答って…… ああ、インディラのことね。まあ、見た通り、俺らはこいつを誘拐するつもりだ」

 とプロンブス。

「誘拐だと? おいおい、冗談じゃねえよ、そんなことが許されいいのかよ」

 とシャーロット。するとターラの方から怒号が走った。

「お前ら一体何様でそんな事を言っているんだよ。こっちはたかがひとりの不死身の錬金術師の誘拐、お前らはどうだ? 《レア・アース》ビル爆破時に一体何人の尊い命が奪われたんだと思っているんだよ、おい! ニュース観てないのか?」

 4人はそれに対して何も言い返すことが出来なかった。ターラはスーツケースを完全に閉め終えたが、それでも中からは悲痛な叫び声が聞こえてきた。ターラは背中を見せ、スーツケースを転がしながら、プロンブスは構えたまま後退りで、堂々と出口の方へと近付いていく。しかし、それを見過ごすことが出来なかった4人は素早く誘拐犯を囲い、脅しで顔面近くに爆発を食らわした。

「おのれ!」

 プロンブスは怒鳴って4人を狙って弾丸を次々に放った。4人はそれを避けつつも、誘拐犯の足止めに努めた。

「おいおい、一体どういう状況だ」

 イアフォン越しからリオネルの声がした。

「リオネル、済まないがちょっと厄介事になった。一旦切るわ」

「おい、ちょま……」

 ナナは通話を切った。他の3人も同様のことをした。

 とはいえ、流石は射撃の名手、プロンブスはひとり残らず急所を打ち抜き、相手の動きを鈍くすることに成功した。銃撃の痛みも伴って、4人は一旦攻撃を止めたが、それでも誘拐犯から出口を遮った。

「おいおい、いい加減にしろよ。他の連中に見つかったら俺たちもお前らも捕まって終わりだぞ」

 とプロンブス。

「ああ、それは構わないさ。あの子を解放しない限り、あたしたちはあんたらにはどこにも行かせやしないよ」

 とシャーロット。

「おいおい、遅いと思ったら喧嘩か? おいらも混ぜてくれよ」

 突然出口の方から声がした。後ろを振り返ると、自動ドアの隙間を縫って金属光沢のある液体がぬるりと入ってきていた。金属の液体が屋内に入り切ると、次第にひとの形を成していった。

「お…… お前は……」

 喉が閊えて、声が出ない。4人はその姿を見るや否や、尻を床に落として、素早く後ろに下がった。逆にスーツケースを引いたターラとプロンブスは出口付近に一歩近付いた。

「どうした、さっきまでの威勢はどうした」

 とターラ。4人は怯えた目で因縁の敵をジロジロと見て、ぴったりくっついた。

「は…… ハルゲヌス」

 と震え声でナナが言った。

「え? それっておいらの名前じゃん! ちゃんと覚えててくれて、おいら物凄く嬉しいよ!」

 ハルゲヌスの瞳は全く連動しておらず、あちこち無秩序な方向を向いていた。

「あいつら凝り固まっちゃったし、この隙に出ちまった方がいいんじゃないか?」

 とプロンブス。

「ええ、そんなの楽しくないじゃないの。せっかく楽しそうだったのに」

 とハルゲヌス。スーツケースは依然叫び声がして、その度にターラは足で静かにしろと怒りながら蹴っていた。恐怖に苛まれた4人ではあるが、ナナはそれを目の当たりにして、居ても立っても居られず、思わずスーツケースの方に飛び出した。しかし、突然湧いてきた珊瑚のような虹色の結晶が彼女を遮った。

「おいおい、無茶はやめろ。ハルゲヌスは君たちが敵う相手ではないって事を知っているだろうが」

 また新たに男性の声が加わった。

「バルトロマイ、お前もか」

 ナナは叫んだ。

「別に誰がどこと組もうとそれは個人の自由だろ。まっ、僕の場合は半ば強制的にこっち側に組まされたようなものだがな」

 とローブを身に纏う新たに現れた男が言った。ハルゲヌスは北叟笑んだ。

「どうだ、原子番号80番、81番、82番、83番がこうして一堂に会しているんだよ! 本来なら80番代全員揃えたかったけどちょっと無理があるからこれで許して、ぬふふ!」

 ナナは結晶を壊そうと爆破したが、すぐさま足元から虹色の結晶が生えてきて、身動きが取れなくなった。シャーロットはナナの後を追って同じように飛びついたがまたしても同じように結晶に絡まれた。

「だから無茶は辞めろって言っただろう? 僕に感謝しろよ。君たちをハルゲヌスから守ってあげているんだから」

「ほざけ!」

 ナナは叫ぶが、喉元に結晶が伸びて突き刺さった。

「こらこら、これ以上叫ぶと上に居る方々にバレちゃうじゃないか。それは僕たちにも君たちにも何の得にならないだろ」

「ちぇ、バルトロマイの所為でおいら全然楽しくなかったよ。つまんないから帰ろっと」

 ハルゲヌスは傍若無人にも退屈していた。彼はまるでマントのように体を開き、ターラ、プロンブス、バルトロマイとスーツケースを覆い隠し、消えた。同時に生えていた結晶も消滅した。すると、誰かが近付く声がしてきた。さっきまでは呆気に取られたが、このままでいると自分たちの身が危険だ、1族の4人はそう思って、風の如く退散した。

 出口付近にやってきたのは炭人、カール、ベリル、ゴール、そして修復したてホヤホヤのボリスであった。5人は如何にも疲労を感じる姿でのんびり雑談しながら降りてきたのだった。すると炭人が出口の様子を見渡して首を傾げて言った。

「あれ、さっきまで大勢ひとが居たと思ったけど、思い過ごしかな。プロンブスあんたひとりだったのか。わざわざここで待っててくれたのか」

「あ、ああ」

 それは炭人の幻覚でも何でもなく、本当にプロンブスがぽつねんと立っていたのだった。

「しっかし、あちこちに銃痕があるな、射撃の練習でもしてたのか? いくら廃墟になったビルとはいえ、敬意が全く感じられないぞ」

 と炭人。

「そうだな…… 悪かった」

 プロンブスは何か含みのある言い方をしていた。

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