輻輳する想い Part 5

 イミールの強い要望により、今なお避難生活を余儀なくされている市民も多いにも関わらず、IEUと《新世界秩序》の圧力でマスコミの事故に関する報道はここ1週間のうちに漸減していった。SNSでは多くの批判が寄せられているが、新世界秩序は幾つかのプラットフォームと提携もしているので、拡散が抑制されている。あれから1週間、まだビルの所有者側からも、警察や消防からも会見は開かれなかった。事故調査はIEUによって止められていた。放射線の検出などといった不都合な情報は誤報であったと訂正された。

「僕たち、最低なことをやっているよ。あんな事故があったにも関わらず、何もなかったかのように振る舞うだなんて」

 歩きながら夜鳥は言った。

「世の中っていうのは結局そんなもんだよ。上に立つ人間は所詮自分の損得しか考えない。ひとりひとりの気持ちだなんて、興味ないさ。まあ、たった2500人くらい死んだところで、私には何の関係もないんだがな」

 宇千羽がそう言うと、夜鳥は彼女の胸倉を掴み、叱った。

「たった2500人くらいだって? 巫山戯るのも大概にしろ、ひとりでさえ尊い命だ。それが、一瞬で2500人も亡くなったんだぞ? その中に子供だって居るんだぞ?」

「ごめんって、その言い方は良くなかったよ、謝るよ」

「違う! そういう問題じゃない。誠意が微塵も感じられないお前の態度に怒っているんだ!」

「誠意が微塵も感じられないだと?」

 夜鳥の絡み手を掴んで払い、宇千羽は逆ギレした。

「そんな人間如きにかまけている暇なんてありゃしない。我々は今、奴らと戦争の真っ最中だ。泣くのは勝ってからにしろ」

「関係ない人間を巻き込むのは筋違いだろ」

 ふたりが取っ組み合いになろうとしたところへ、嵩音が両者の腕を掴んで仲裁に入った。

「おいおい、ふたりとも。内輪で揉めても何の生産性もないよ。犠牲者やその遺族の気持ちを軽視するのは倫理的に間違っているかもしれない。しかし、宇千羽の言う通り、我々は戦争の最中さなかなんだ。下手な動きはできない。マスコミを抑制しているのもそういうわけだ」

 嵩音はふたりの腕を開放した。ふたりは不平そうな表情をしながら睨み合った。

「ささ、今から会議なんだから、粗相のないようにね」

 嵩音がそういうと、互い反対に顔を向けた。

 新世界秩序の代表たちが会議室に入室し、これで全員が揃った。室内には既にキュープラムス、イミール、マグナス、アルベルト、シリカのみが座っていた。

「おやおや、先週の会議の振り替え日とはいえ、先週出席を予定していた人数と比べてかなり少ないではないか」

 嵩音が入室して早々に言い放った。

「あんなことがあったんだから、人員は分散させるに決まっている」

 とイミールは不機嫌に答えた。

「まあ、それもそうかもね」

 嵩音はそう言って、《新世界秩序》の代表は席に着いた。

「さて、本題に入る前に、はじめましての方も居ると思うので、軽く自己紹介を」

 嵩音が言い掛けるとイミールが口出しした。

「要らん、さっさと会議を始めろ」

「はあ、では、イミール氏からの要望もあるので、早速始めますか。それでは……」

「もうやってられない。俺からとっとと話してやる」

 イミールは腕を組み、貧乏揺すりをしていた。

「先週、俺のビルが爆破された。犯人は明確だ。ウルバンだ、間違いない。俺は現場に行き、実際奴の姿を見付けたんだからな」

「具体的にどういう様子でした? もし見付けたならばどうして拘束しなかったのですか?」

「俺だって捕まえられるものなら捕まえたかったさ。だが出来なかったんだ。事のいきさつはこうだ。現場を確かめに俺は妹セリアの家族と共に行ったんだ。ビルに近付こうとすると、警官どもが途中で邪魔しあがって足止めを食らったが、どうにか俺だけが奴らを突破した。俺はどんどんビルの方へと近付いたけどよ、視線の先には大柄の男の人影があったんだ。あのシルエットはウルバンの奴に違いねえ。俺は奴の名前を叫んだが、奴は背中を見せたまま、こっちのことはまるで興味なかったんだ。俺が彼からあと数メートルの地点まで近付くと、丁度ビルが倒壊して、波のように白い煙が流れてきてよ、お陰さまで前が見えなくなって、煙が収まった頃には、俺以外に人の気配はなかったんだ。畜生!」

「なるほどね、そいつは残念だったね」

 シリカが含みのある言い方をした。

「でも、うちらの分析じゃ、ウルバンがドイツに行ったということは考えにくいんだよ」

「そんな馬鹿な」

 イミールは立ち上がった。

「俺は間違いなくこの目で奴の姿を見たんだ」

「ええ、でも彼らの残した防犯カメラなどの物的証拠を辿ると、それは難しいと思うよ。フィンランドにある施設から抜け出したウルバンとトールはロシアに越境したことを捉えた防犯カメラが幾つも発見した」

 そう言ってその映像をホログラムに写した。

「やっぱりシリカが仲間に入ってくれたお陰で捜索も随分楽になったよ。今まではいちいちひとを派遣して聞き込みをして、目ぼしい情報は得られなかったのに」

 アルベルトは感心していた。

「それから、ふたりは脱出してから4日後、ふた手に分かれて、それぞれある地点で待ち伏せして、車が彼らの目の前に停車した。ウルバンが乗車したのが二手に分かれてから6日後、トールは10日後のこと。乗った車はそれぞれ異なるものだ。車の行く先はまだ調べている段階だ。分かり次第追って連絡する。ただ、この時点で既に欧州各地で中毒事件は発生していた。潜伏期間のことも考えると、このことから彼らが中毒犯であることは考えられない」

「そんな馬鹿な! じゃあ、水道で検出された放射線は何なんだ! あいつらが犯人でないのならば、一体誰が!?」

 イミールが騒いだ。

「わからない。でもおそらく我々をウルバンたちの犯行として誤認させる目的があったことには違いないだろうから、彼らを開放した者と関係している考えられる」

「僕らの目を欺くためだけに、大勢の人間を殺すだなんて、なんて残忍だ」

 と夜鳥。

「一応、我々の方である程度目星は付いている」

「おい、まさかお前もハルゲヌスの仕業だと言うのか?」

 とイミール。

「放射線のことはともかく、中毒者の症状や場所の不規則性からして、彼らの犯行が第一に疑われる」

 シリカは続けた。

「まあ、奴らは《イコサゲン》と《クリスタロゲン》を売った《プラティナ・バンク》と同日に突然IEUを離脱しているのだから、彼らの動きは明らかに不審なんだ」

「そして、《プラティナ・バンク》が売名行為をした真の目的というのは…… 言っても大丈夫かい?」

 と嵩音がシリカに目線を遣った。

「あなた方が構わないのならば」

 シリカから了承を得ると嵩音は続ける。

我々新世界秩序が《クリスタロゲン》に依頼した計画を阻止するためなのさ。結果見事彼らの策に嵌まってしまって、我々はこうして報復しようとしているんだがね」

「畜生! お前らのビルが爆破するのはともかく、どうして俺たちのものまで」

 とイミール。

「さあね。あんたらのビルの爆破犯は知らないが、うちらのビルの爆破犯は把握している」

 とシリカ。

「ウルバンじゃなかったのか?」

 とイミール。

「マグナス、イミールには伝えていいかい?」

 シリカはマグナスに訊いた。

「イミール、そして他の皆さんも、このことはくれぐれもこの中だけで内密にするという約束して頂きたい。話はそれからだ」

「ウルバンの事でないなら、その約束は聞いてやる」

 イミールはそう言い、マグナスは彼らの名前を明かした。

「1族の連中だ」

「おいおい、冗談はよせ、お前の甥姪ではないか」

 とイミール。

「ああ、だから彼らに関しては、俺に一任してくれ。《クリスタロゲン》にもそのことを伝えている」

「お前らの身内のことはお前らでやり繰りするのは正解だと思う。代わりに俺も身内のことはどうにか片付けるからな。ウルバンとトールと協力者を捕まえるのは俺たちの役目だ」

「なら、我々はハルゲヌスとカドモスを担当しよう」

 とシリカ。

「え、じゃあ僕らは《プラティナ・バンク》の監視役か?」

 とアルベルト。

「ちょうどいいじゃん、かたきだろ」

 とシリカ。

「確かに」

 とアルベルト。

「さて、それぞれの狙いが決まったところで、その後の動きはどうする」

 と嵩音。

「ひとまず、ハルゲヌス、カドモス、ウルバン、トールの居場所を突き止めて、それから一斉に叩くのがいいかと」

 とシリカ。

「バックには査探協会が居るに違いないから、出動の際は新世界秩序から要員を出すさ」

「それは頼もしい。その際はお願いするわ」

 とシリカ。

 すると、突然着信音が鳴り響いた。アルベルトとマグナスの携帯だった。ふたりは同時に退出した。

「もしもし、姉さん?」

 アルベルトが応対すると、慌てた女の声がした。

「アルベルト! 大変よ! うちが! うちが!」

「ベリル、どうした。こっちは会議の最中なんだが」

 ベリルは深刻な声で言った。

「イコサゲンが襲撃を受けている」

 マグナスは言葉を失い、アルベルトの方に顔を向けた。

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