輻輳する想い Part 4

 事故現場には消防や報道のヘリが飛び交っていた。半径1km以内の道路は封鎖され、外を出歩いていた人々は側にあった建物や地下道に押し込められた。身動きが取れなくなった市民の多くは、この緊迫した状況下で、スマホを手にしていた。外の被害状況などの近況情報を把握する人間も多かったが、意外にもこの異様な空気感の証左となるべくして、撮影をしていた人が多かった。中には被害を軽視し、浮かれて消防や警察に対しての非難を弄しながら、パーティー染みた乱痴気騒ぎを起こした。しかし、怯える子供や震える高齢者だって居て、その軽率な言動に一部が注意をすると、喧嘩を始める者も居た。浮かれ気分なのは避難所だけではない。インターネットの各SNSでは様々な言語で罵詈雑言が飛び交い、事故を本気で不安視する人間は少数派であった。

 多くが警察らの誘導で、ビルから離れて走らされる中、1組だけ大衆から逆行する人物たちが居た。ビルの所有者のイミール一行だ。イミールに同行した者は所謂「軽希土類」と呼ばれる者だ。ラニー、セリア、ディディムス・ジュニア、ネム、ワシリーとユージーン。

「これが昼以降だったらもっと大変だったな」

 ラニーが呟くとイミールが怒鳴り返した。

「いつ起きようが災難だ。人々からの信用も失われるし、損害に対する出費も大きくなってしまう。それも全部あいつらのせいでだ」

「それ以上に、住民の安全が……」

 ディディムスが言い掛けるとイミールは彼に対しても怒号した。

「うっせー、住民なんざ、我々の預かり知るものなどではない」

 彼らが歩いていた道は案の定警察によって封鎖されていた。イミール一行に対し、その場に居た警察官に引き返すよう止められた。一行の多くもそれが最善だと思ったが、イミールは反抗した。

「あれは俺の所有するビルだ。あそこにはまだ犯人、ウルバンの奴が居るに違いない。俺を通せ」

 警察官に暴言を飛ばし、複数の警察官が押さえつける取っ組み合いに発展した。しかし、イミールひとりは大勢の警察官を投げ倒した。他の6人は少し離れた場所で見ているだけだった。結局イミールひとりだけが規制線を乗り越えた。警察官は危険地帯の侵入者を取り押さえようと、追い掛けるが、イミールは指からレーザー砲を発し、追い掛ける者を立ち止まらせ、先へ先へと急いで消えていった。

「奴の言うウルバンは一体何者だ?」

 倒れていた警察官が彼の影を目で追いながら呟いた。

 一方で、事故現場から離れた安全地帯の路地裏には4人のメカスーツを着た女たちが身を潜めていた。黄色いスーツを身に付けた者が耳の辺りに手を添え、スーツが折り畳まれていく。折り畳まれたスーツは大きめのノートパソコンに纏まった。

「これで多分誰も追ってこないと思う」

 と彼女が言うと、他の3人も同様の仕草をして、スーツが脱げた。

「この状態なら、群衆に混じって逃げるフリをすればいい。それでミッションクリアだ」

「昨日と違って誰も戦える者も居なかったし、これで無事依頼者も納得するだろうな。しかしまあ、えらい大騒ぎになっているじゃないの」

 紫のスーツを着ていた女がスマホからSNSを開いて言った。

「でも、なんで《プラティナ・バンク》のひとたちは今になって他の錬金術師を攻撃するようになったんだ?」

 赤のスーツを着ていた女が首を傾げた。

「さあね、きっとあたしたちには知る術もないとんでもない陰謀があるんだよ。まあ、報酬が貰えればそれでいいとあたしは思うけど」

 と黄色のスーツを着ていた女。すると、青のスーツを着ていた女がしゃがんで突然震え声で訴えた。

「皆おかしいよ。あれほど多くのひとが犠牲になっているはずなのに、どうして平気になっちゃったんだよ。あたし、怖くなったよ。《プラティナ・グループ》の考えていることはよくわからないし、2族や希土類たちが変な集団と手を組んだようだし、皆がテロを平気な顔で引き受けるし、もうどうしちゃったんだよ」

 紫と赤のスーツを着ていた女たちは青のスーツを着ていた女と同じくらいに姿勢を低くし、慰めようとした。リーダー格の黄色いスーツを着ていた女は深刻な表情をして、答えをだそうとした。

「それは……」

 しかしその瞬間、イアフォンが鳴り、彼女は中断した。

「ごめん、電話が掛かってきた。もしもし……」

 イアフォンから聞こえてきたのはプラシダの声だった。

「随分盛大にやったわね、あんたたち、昨日とは大違いだよ。各局のニュースのどれもが爆破事件を伝えているわよ。これで《レア・アース》もドン底だね。あんたたちの報酬、上乗せしてあげるね、では」

「あ…… あの」

「なんだ、こっちは忙しいんだ。要件があるならさっさと言いな」

 彼女はプラシダに対し、一連の襲撃の目的を問い質そうと考えていた。しかし、気の迷いがあったのか、彼女はそれを口にすることが出来なかった。

「すみません、なんでもありません」

「あらそう、変な女ね。まあいいわ、今日中にあんたらの口座に報酬を振り込んであげるから、気になるようだったら確認してね、ではまた」

 通話は切れた。話が終わったことを察した紫のスーツの女は聞き出した。

「それで、さっきのそれは、は?」

「あ、ああ、えっと」

 その瞬間路地裏は煙に満ちて視界が完全に白くなった。

「それで彼が言うウルバンという人物は誰だか存じ上げているのですか?」

 イミールを追わなかった6人の同行者は警察に取り調べを受けていた。イミールが理性を失っている状態にあったが故に、ビルの保有者であることなどの明かしてはならない身上の情報を口走っていたが、警察に質問された際、代表として答えた彼の妹・セリアは上手い具合に躱していった。

「いいえ、全く。恐らく彼の知り合いなのでしょうが、私は生憎その人物のことを存じ上げません。きっと過去に仲を険悪にしてしまって、自分の所有物を壊されたこと(セリアはイミールがビルの所有者であることを警察に答えている、書面上では異なる人物の名義が使われているが、調べられた際に何らかの形で警察と繋がっている彼らは捜査の手を阻むことが出来る)に奮い上がって、ついつい口走ったのでしょう」

「なるほど。我々の方からも事件性も視野に入れて調べるので、どうか我々に任せて下さい」

「お願いします」

 すると、燃えるビルの方を見上げていた警察官のひとりが叫んだ。

「ヤバい、ビルが倒壊するぞ!」

 ビルは噴水の水量が減って萎むように崩れていき、その風圧により、津波の如く白い煙が流れてくる。街中はすぐさま真っ白になった。外の様子を知った避難民はようやく事の深刻性に気付き、浮かんだ表情は皆絶望であった。

 発表された犠牲者数は最終的に2375人に登った。

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