嚆矢濫觴 Part 10

 元々の部屋の状態が全く想像できないくらいまでに破壊されたビルの瓦礫の中からアルベルト、マグナス、嵩音、夜鳥は《クリスタロゲン》の4人の砕け落ちた欠片を2時間掛けて探索した。探索は途方に暮れるものだと考えられたが、彼らの別のパーツを近付けてると、落ちている欠片が震え出す性質があり、日が暮れる前には組み立て直すのに必要な部分は集め終えた。人の爪ほど小さな部品は、組み立て直してタンパク質の体に戻る際に、細胞組織が勝手に埋めてくれるし、態々回収することもない。

 さて、彼らを組み立て直すため、くっつけるのに使われたのは強力接着剤だった。

「そんなもの使っていいのか?」

 組み立てながら夜鳥は質問した。マグナスは即答した。

「問題ないさ、タンパク質の体に戻る際、一緒に血肉になる特殊なものだ。炭人と俺らち2族共同で開発したものさ」

 ダイヤモンドの像を組み立て終えた瞬間、それは一瞬にして人間の肌になった。

「うわ、ビクッた」

 夜鳥は驚いたあまり飛び跳ねた。

「忝ないね」

 タンパク質の体に戻った炭人は突然話した。夜鳥はまたしても同じような驚きの反応を見せた。

「マグナス、あのパンツ1丁の男は一体誰なんだ」

 炭人は夜鳥のことを指差した。

「ああ、こいつは津畑夜鳥といって、今は人間に擬態しているが、鵺という怪獣なのさ」

 と嵩音は答えた。すると、ゲルマンも突然タンパク質の体に戻って喋り出した。夜鳥はまたしても同じような驚きの反応をした。

「鵺って何なんだ」

「日本に伝わる伝説上の怪獣だ。頭は猿、胴は狸、尾は蛇、手足は虎、鳴き声は男が大事なバナナをちょん切られたときに出す金切り声に似ている」

 と炭人が説明する。

「最後の例えは何なんだ」

 夜鳥は怒った。

「しかし、まさかあの怪獣が、今目の前にいる挙動不審のガリガリの男とはね」

 と炭人。

「誰が挙動不審だ!」

 夜鳥が叫んだ。

「それにしても服はどうしたんだい」

 とゲルマンが訊ねると、怒鳴り声で夜鳥は答えた。

「変身する際に破けたんだよ」

「変身する前に脱げばいいのに」

 プロンブスも突然タンパク質の体に戻って喋った。夜鳥は驚きの余り、その弾みで転けてしまった。

「正義感に駆られてそんなことが考えられなかったんだよね」

 嵩音が答えると夜鳥は反論した。

「ちげえ、お前が急かしたんだろうが」

「ともかくそういうわけで、こいつはパンツ1丁になっちまったのさ。パンツだけ破れなかったのは、規制が厳しい現代に於いて、股間部を隠さないといけないという事情があるんだよね」

 と嵩音。

やかましいわ! というかメタいこと言わんといて、混乱する」

 と夜鳥。

「そんなあなたに、とっておきの洋服がある」

 炭人は決め顔でその服を広げて見せた。

「どっから持ってきたんだよ! というかメイド服じゃねえか!」

「あ、それ、私が胸部が窮屈すぎて着れなかったやつだ」

 シリカは炭人の所へ近寄って言った。

「それにしても、そんなデカい胸を復元してもらわなくても良かったのに、手間を掛けさせたな」

 炭人は皮肉交じりの笑みを浮かべた。

「何よ、私のトレードマークを無くせというのか」

 シリカはむくれた。

「元を言えば、シリコンを注入して豊胸にしたものなのによ、こんなに大きくたって仕方ないだろ」

「自分の体くらい勝手にしたっていいじゃないの」

「また始まったよ」

 ゲルマンは呆れ顔をした。

「そういや、一部を本体にくっつけずにタンパク質の体に戻るとどうなるの?」

 夜鳥の質問にアルベルトが答えた。

「その部分が元からなかったかのように、無傷の姿になる。例えば、本体から腕を離してタンパク質にすると、元から腕がない体のようになるし、巨乳だったひとが、胸部をごっそり欠けたままなると、貧乳になるんだ。本体にくっつけなかった部分も、本体と同時にタンパク質になるから、体の部位によってはグロテスクになると思う。ちなみにタンパク質の体で食事や整形によって体が変形しても、それに関わらず単体の体になる際は全身が変身するよ」

 炭人とシリカが啀み合うなか、嵩音は手を2度叩いた。

「各々が話しているなか申し訳ないが、そろそろ我々がここ来た本来の目的について話そうではないか」

「それもそうだね。あんたらが襲撃ですぐに駆け付けるはずがないだろうし、そろそろここに来た本当の理由を話してもらおうか」

 と炭人。すると、嵩音は説明し出した。

「皆さんが我々新世界秩序ニュー・ワールド・オーダーが2族と13族の頭を引き連れてやってくるわけはお分かりだろう。そうさ、我々と協力しないかという質問に対する返答を得るためにやってきたのさ。およそ1週間の猶予を与えたが、連絡も寄越さなかったことだし、こうして面会しているわけさ。しかし、偶然その日、その時間、その分秒、あなた方は襲撃に遭った。あなた方が潰滅状態にあった所へ、偶然現場に駆け付けて、追い払うことが出来た。そして、あなた方の治療も行った」

「こちらとしては非常に助かった。それに関しては感謝の言葉を述べようとも、伝え切れないほどの恩義を受けている。しかし、これと君たち協力するということとは別の話だ。だが、君たちのフリーエネルギー計画の依頼を引き受けてから、多くの災難に見舞われた。そして今日、我々は襲撃を受けた。襲撃者は大方見当をつけている。問題はなぜ、誰の差し金で襲撃に踏み込んだのか、だ」

「やつらの用いたスーツのモデルの解析が終わった。DHV67-8型、ゼパール社のものだ」

 とシリカは言った。

「ゼパール社か、査探協会直属の72会社のうちひとつだ。72の会社はいずれもソロモンが封印した72柱の悪魔と名前が同じ、全く縁起が悪いものだ」

 と嵩音。

「ふむ。これで僕の答えは固まった。協力してやろうではないか。決してあなた方の利益のためではない、我々の復讐のためだ」

 炭人の決断に、他の《クリスタロゲン》は息を呑んだ。アルベルトと夜鳥もまさかの回答に耳を疑ったが、次第にそれは喜びに変わった。

「やったぜ」「よっしゃ」

 ふたりは盛大に喜んだ。マグナスは素振りをすることで喜びを表した。

「でもやっぱりやめようかな」

 炭人が棒読みすると、喜んでいた3人は動きが止まった。

「仕方がない、ならひとつ条件を付けよう」

「その条件というのは」

 と嵩音。すると、炭人はさっき出していたメイド服を再び広げて見せ、真顔で答えた。

「そこにいるパンツ男にこれを着させることが条件だ」

「いい加減にしろ!」

 話し合いは夜鳥の悲鳴によって締め括られた。

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