嚆矢濫觴 Part 7
アルベルトと嵩音の突然の訪問からおよそ1週間が経過した。例の裁判が行われて以降、何もなかったかのように、顧客は戻ってきて、依頼は元の水準に戻りつつあった。というのも、著名人や政治団体による大スキャンダルが唐突に明るみに出たがために、そのことが埋もれて、世間一般からも忘れかけようとしていた。
一方で、フリーエネルギー計画は一時中断していた。それは、依頼者からメールでその要請を受けたからである(炭人は嵩音よりもメールに信頼していた)。炭人が依頼者の要請を引き受けたことに、3人は驚いた。そもそも仕事が速く、中断要請を受ける前に依頼を完遂していたがために、そのようなことは初めてだった。
しかし、炭人はまだ《クリスタロゲン》が《
一方で、スタヌスは未だ連絡はついていない状況にあった。いい加減心配になったシリカは、人工衛星をハッキングして、彼の捜索を始めていたが、手掛かりとなるものは一切見つからなかった。その代わりにウルバンとトールによるものと思われる破壊された施設が新たに発見したが、同じく《
だが、仕事の合間にシリカが裏工作をしていることに、そのことを炭人は勘付いていた。ちょうどその昼休憩中、数台のパソコンをいじっていたシリカに、炭人は話し掛けた。
「張り切っているね。依頼が普段通りになったのが嬉しくて、俄然やる気が出たのか?」
シリカは笑みを浮かべて返答した。
「ええ、あんなことがあったのに、またこうやって普段通りの仕事が出来て楽しいさ」
「頼もしいね。しかし、電子部品メーカーがなぜハッキングが必要なのかな?」
炭人の鋭い質問に、シリカは息を詰まらせた。
「それは……」
「まさか、他の会社の技術を盗み読みする、何てことは考えていないよね? それではプライドに傷がついてしまう。それとも、依頼ではないのかね?」
炭人の鋭い目付きに負けて、シリカは立ち上がって思わず本当のことを言った。
「すみません。スタヌスのことを探していました」
「やはりそうか。まあ、僕は何となく君がそういうことをしていると思っていたけれど、彼のことを心配するでない。我々は彼が居なくたって、どうにか遣り繰りしているし、彼がしたいようにそっとしておいたっていいではないか。きっと誰よりも責任を感じているだろうし、ここは彼が気持ちの整理がつくまで待ってやろいではないか」
「でも、すみちゃん。あいつのことが心配じゃないのか?」
すると、炭人は笑い出す。
「心配だと? 馬鹿ね。彼がどれほどの長い年月を生きてきたんだと思っているんだよ。別に子供じゃあるまいし、独りでだって生きていけるさ、ああ、でも僕らは飲み食いせずとも死なないんだったわ。それよりも、心配するのは会社のこれからだ。メディアでは埋もれたとはいえ、また何か不測の事態が来るのもおかしくないし、フリーエネルギー計画がストップされている現状、戻りつつある顧客と慎重に信頼を回復させないとね」
すると、シリカは思い出したかのように口走った。
「フリーエネルギー計画で思い出したんだけど、ホントに中止してよかったの? もしや、あの女のことをまだ気にしているのか? いい加減辞退をしたらどうなんだ」
「なに、中止を決断したのにあの女は関係ない。あの女がきな臭いということも同感だ。しかし、それ以上に《プラティナ・バンク》やハルゲヌスらの動きが不審でならないんだ。それに最近、脱獄者による破壊工作の他に死者が出ているというじゃないか。ポーランド、ロシア、ウクライナとかの上水道で高濃度の放射線が検出されて、上水道を使った人間が体内で被曝して亡くなったというじゃないか。ただ、報道による搬送された人々の症状がどうもおかしいんだよ」
報道によれば、運ばれた患者の多くは消化器官の損傷が激しく、下痢や嘔吐などを繰り返す者も多かったそうだ。また、目眩や頭痛などの症状もあったそうだ。しかし、被曝者によくある症状である、白血球減少などといった血液異常は殆ど見られず、体内から放射線が検出されなかった。一方で、皮膚の痒み、変色、腫れ、爛れなどといった症状があったそうだ。
シリカは言った。
「つまり、患者たちは放射線ではない別の何かに冒されたというのか?」
「まあ、そんなところだ。2族や希土類らは、ウルバンやトールの仕業だと断定して、自分たちのことがこれ以上明るみに出ることを避けるためにも、捜査を続けているそうだが」
「もう世界中が注目するような大事になっているだけどね。ウルバンらのことをどこまで隠し通せるのか、それも時間の問題だろうな」
ゲルマンが会話に混じってきた。
「真犯人はそれを目的としていることも考えられる。まあ、おそらくはハルゲヌスやカドモスの仕業で間違いないけど」
炭人がそう述べるとシリカも続けた。
「症状からして、そうとしか考えられないよね。まあ、我々とは全く関係のない第三者の仕業であることを祈るしかないね」
一方、外では男女4人が横に広がって歩いていた。
「本当に僕まで行かないといけないのか?」
焦っているのか、ビビっているのか、
「当然だ。あんたは私らの頼もしい戦力だ。彼らがお前の実力を買ってくれれば、安心して協力してくれるでしょうよ」
そう言ったのは嵩音だった。
「そんな誰でも思いつきそうな策にハマるようなやつらではないと思うんだが」
とアルベルトが言った。
「まあ、何であれ、今日こそ奴らに俺たちと協力してもらう」
とマグナスが意気込んだ。すると、嵩音は涼しい顔で言った。
「ウルバンとトールの手掛かりが全然掴めず、ついでに東欧で大量の犠牲を出してしまったことに、内心焦っているんでしょ」
これを聞いたマグナスは顔を赤らめ、怒鳴り散らかした。
「うっせ! こっちだって頑張っている」
「でも、どうも違和感があるんだよね。一番最初に被害が発覚したポーランド辺りは彼らが最初に居たフィンランドから離れているし、その後にロシアに遠回りして、今度はベラルーシやウクライナ、ルーマニアに行ったと思ったらバルト三国に戻って来るし。潜伏期間に違いがあってのことなのかもしれないが、彼らの動向があまりにも不自然だよ」
とアルベルトが言うと、マグナスも落ち着きを取り戻して言った。
「ああ、その点は俺たちも変だと思ったさ。何なら一連の事件は彼らをハメるためのものとも考えられる。どのみち彼らを捕まえることには違いないんだがな」
すると、夜鳥は訊いた。
「でも、なんで放射性の力を持つ錬金術師はこうまでして拘束しないといけないんだ? ハルゲヌスのような毒性を持つ問題児の方がよっぽど野放しにしたら危ないじゃん」
すると、アルベルトとマグナスは渋い顔をした。
「僕も詳しく事情は知らないんだ」
アルベルトは答えた。すると、嵩音は話した。
「そういや、ハルゲヌスって奴、水銀の錬金術師だよね。あ、そうそう、例の上水汚染事件の患者、水銀中毒の症状に似ていなかったかね?」
マグナスは答えた。
「実は2族の中でもその可能性が考えられているんだ。だが、希土類、特にイミールという奴は、極度の弟嫌いみたいで、ウルバンが犯人に違いないって言い張るんだ」
「そりゃ大変だ」
と嵩音。
「にしても、ウルバンらの脱獄、《プラティナ・グループ》による不当な裁判、彼らとハルゲヌスたちの突然のIEU脱退、東欧で起きている汚染事件と、こんな短い期間に大きな事件が立て続けに起きるなんて、あまりにも不自然だよ。何か裏で何者かが糸を引いているとしか」
と夜鳥。アルベルトとマグナスは真顔だった。一方で、嵩音は不気味な笑みを浮かべた。
「まあ、これも全部私たち《新世界秩序》がIEUに関わってからの話だから、彼奴等の仕業でしょうね」
「彼奴等って?」
と夜鳥。
「君は不勉強すぎるよ。どう考えても、あの裁判を仕向けた査探協会に決まっているだろ」
すると、彼らが向かう方向から巨大な爆発音が轟いた。正面を向くと、それは《クリスタロゲン》の事務所があるビルディングから、白い煙がムクムクと立ち上がっていた。
「ほう、やはり奴の言う通りになったな」
嵩音はにやけた。
一方で、爆発源であるオフィスにプロンブスが駆け付けると、そこは部屋中にガラスの破片が散らばっていた。椅子や机は爆風により薙ぎ倒され、書類はあちこちに飛び舞った。だが、プロンブスは3人が窓に向けて立ち構えている様子を見て、安堵した。3人の目線の先にあったのは、空中に浮く、女性的なシルエットのメカスーツだった。すると、炭人は声を荒らげた。
「やりあがったな!」
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