嚆矢濫觴 Part 6
住所や電話番号などは明かしていないので、メディアの取材こそはなかったものの、《クリスタロゲン》の面々はあれから数日間も顧客対応に追われた。そんな張り詰めた空気のなか、何者かが会社のインターホンを鳴らした。一般人がそのボタンの所在を知るはずもないから、彼らと親しい人物に違いなかった。しかし、そこに立っていたのは一度会っただけの国頭嵩音だった。なぜ部外者の彼女が自分たちの「アジト」を知っているのか、そんな疑問も感じないくらい彼らは追い詰められていた。応答したのはシリカだった。
「何のようだ。協力のお誘いならそれは以前にも話したようにお断りだ」
嵩音は返事をした。
「いや、何となくあなた方の様子が気になって、ちょっと覗きに来ただけよ」
「冷やかしに来たのならとっとと帰れ」
「何よ、つれないな。でも客は私だけじゃないよ、ほら」
すると、嵩音と入れ替わってインターホンの画面に写ったのは彼らもよく知っている人物だった。
「アルベルトか。あんたのせいでどれほどこっちが迷惑を受けているかわかっているんだよね? それなのにこうやってのこのこと現れるだなんて、全く度胸のある男だな。全くあんたの顔なんて見たくなかったよ」
すると、アルベルトは真剣に懇願した。
「あれに関しては本当に悪いと思っている。僕だって、まさかあんな風になるとは思わなかった。それを承知の上でこっちは話し合いたいんだ。別に僕たちに協力しろとは言わない。だから、お願いだから僕たちを入れてくれ」
シリカは炭人に視線をやった。炭人は首を素早く右に曲げて合図とした。するとシリカは再びインターホンに向かって話し掛ける。
「良かろう。入れ」
シリカはふたりの入室を許可した。
顧客対応はひとまず中断をし、シリカは嵩音とアルベルトを会議室に案内した。中には炭人、ゲルマン、プロンブスが既に席に座っていた。しかし、スタヌスの姿はなかった。炭人は、きっと自分たちに合わせる顔がないから、逃避行をしているのではないかと推量し、あえて彼を探すことはしなかった。
「よくもまあ、のうのうと来られるよな、お前というやつは」
とゲルマン。
「《イコサゲン》の方だってたくさん問い合わせが来ているのによ、他所で油売ってて大丈夫のかよ」
とプロンブス。
「勿論僕の所だって、顧客対応で手一杯だよ。でもこうしてわざわざここにやってきたのも重要な話があるからだよ」
とアルベルト。
「まあいい。時間も勿体ないのでさっさと本題に入ろう。話って一体何なんだ」
とシリカ。
「昨日のIEUからの報告を覚えていますか」
とアルベルト。
「《プラティナ・バンク》、カドモスとハルゲヌスが一斉に脱退表明をしたことかい? それがどうしたって言うんだ」
とプロンブス。
「いやね、カドモスとハルゲヌスのことはともかく、《プラティナ・バンク》が突然公の裁判を起こし、それから脱退を表明するんだなんて、あまりにも不自然ではないか? それも、よりにもよってウルバンとトールの脱走と重なって」
と嵩音。それを聞いて《クリスタロゲン》側は閉口する。嵩音は続けた。
「まあ、君たちはどうせ調べてもわかるはずがないんだけれども、そのことは全部我々と敵対する勢力による差し金なんだ」
「その証拠は」
とシリカ。
「《プラティナ・バンク》の方に関しては、彼らがその組織の人物と幾度も面会したことが写真に収められているのよ。脱走事件に関してはただの勘よ」
嵩音は証拠写真を幾つもテーブルの上に並べた。ただ、シリカは高笑いをした。
「勘だってよ? 聞いたか? 冗談じゃないよ。そんな根拠もないことを信じろとでも言うのか?」
「まあ、それに関してはひとまず置いておきましょう。2族や希土類の方々がそれに当たっていることだし君たちが気にすることではない。ただ、以前にも言ったように、あなたたちはフリーエネルギー計画の開発を進めたがために、こうやって被害を受けている」
「もとといえば我々があなた方の依頼を引き受けたことが間違いだった」
とゲルマン。
「ただ、引き受けたからには誠心誠意、あなた方が納得がいく形で果たしてやるさ」
と炭人が付け加えた。
「そんなに気にするでない。以前も言ったように、我々のボスは忍耐強いお方だ。それに、あなた方がこの現状に陥っているのも、我々の責任でもある。それを見越して、あなた方には使い切ることができないくらいの予算を投じているんだがな」
「それは初耳だな。だが確かにそのおかげで経済的な打撃は少ない」
とシリカ。
「それで話というのは、我々の敵対勢力がどれほどの小細工を仕込んで、あなたたちを窮地に追いやったのかを教えにきたのさ。きっとあなた方は裁判の方をご覧になったと思うから、それを知っている前提で話を進めよう。まず、《イコサゲン》の所持していた株式が一斉に暴落した件だが。彼らはその全てに関わっていた。不正の暴露をした最初の報道機関は彼らの傘下にある。その他に、ストライキを起こした企業の従業員が彼らの傘下にある相談所を出入りした記録がある。他にも彼らが関わった形跡を幾つも挙げられるが、キリがない。次、彼らは我々ほど情報網は広くないはずだが、あなた方の不正は意図も簡単に釣れた。それは、あなた方が既に彼らと何らかの繋がりを持っていたからだ。例えば、テロ組織のような、反社会的組織とか、まあ普通のメーカーにでも擬態したっていいんだけど、何せ反社にした方が、裁判では何かと美味しいからね」
すると、プロンブスはテーブルを殴った。
「くそ! つまり、俺たちはずっと騙されたってことか?」
「まあ、あなたたちの場合はそう使われたんでしょうね。ちなみに、失礼ながらあなた方や《イコサゲン》、更には《プニクトゲン》や《カルコゲン》の顧客名簿も確認させて頂きましたが、いずれにも、我々が敵対する勢力と関わりのある組織が複数見受けられたよ。あなた方はつまるところ彼らによって常に監視の対象にされていたってわけさ。そうした回りくどいことをするのは、全部我々への嫌がらせのためだ。我々もできるだけその組織とは無縁の企業を探したつもりだったが、どうやら我々の方もちゃんと調査が行き届いていなかったようだ」
「そうやってあいつらは僕らの会社を出しに使って、皆さんを陥れたのだよ。ちゃんと見極められなかった自分が恥ずかしい、でも同時に憤りを感じるんだ。こんな嫌がらせのためにあんな手の込んだことをして皆さんを陥れる彼らを僕は許せない。だから決めたんだ、
アルベルトは強い意志を込めて熱弁を振るった。
「それで、やはり勧誘の話になるけれど、我々と共闘することに興味はないかね?」
と嵩音。シリカ、ゲルマン、プロンブスは呆れた顔をした。しかし、炭人だけはその話を聞いて考える素振りを見せた。数秒の思案のあと、炭人はようやく口を開く。
「申し訳ないが、今すぐには答えは出せない。少し考えさせてくれないか?」
そんな話をしている間、ポーランドの某所では、数万人が次々と倒れて、そのまま亡くなる怪奇現象が起こっていた。
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