嚆矢濫觴 Part 5

 裁判で勝訴し、《プラティナ・バンク》の面々は控え室のソファで寛いでいた。

「ひやあ、大変だったな。一体何年ぶりの公の場だろな」

 そう言ったのはパラスだった。

「たく、プラシダ祖母ばあ様ったら、突然裁判やるって仰ったから、あたし驚いてしまいましたよ」

 とローザは言う。するとプラシダは応答した。

「皆さんには大変な思いをさせたことは申し訳ないと思っている。しかし、どうだね、何年かぶりに大勢から視線を浴びる気分は」

 彼女の質問に対し、パラスはすぐさま回答をした。

「めっちゃ楽しかったぜ。うち、今までのようにこそこそやっているよう、あんな風に派手に生きたいね」

 ローザも答えた。

「あたしも可愛い平民たちから物珍しそうに見詰められるの、どきどきしたわ」

 ルリックは気怠げに答えた。

「俺はあんな豚どもに見られるのはゴメンだぜ」

 イリサは言う。

「ルリックったら恥ずかしがり屋なんだから、世の中胸を張って見せた方が幾分得よ。ほんと、オズモンドの教育はどうしているのかしら」

 それを受けてオズモンドはムカッとして、濁声で答えた。

「んだ、俺だって別に世間様に自分を見せびらかすほど余裕じゃあないぜ。お前ら女は気楽でいいもんだぜ」

 するとローザは彼の一言に注意した。

「おや、その発言、下手すれば女性蔑視とも受け取れちゃうわよ。あたしたちに対してはまだしも、今の世の中は随分とそういうのに敏感だから、気をつけたらいかが?」

「は、んなもん知ったこっちゃあないぜ。こっちは色々と立て込んでいるからそんな人様の言い訳なんざ聞き入れる余裕なんかねえもんだ、そうだよな、ルリック」

 オズモンドが息子に質問すると、息子は答えた。

「しかし、それでは全く紳士的には見えませんね。俺としてはひとに良く見てもらいたいものだからね」

「いいぞ、ルリック。ズバズバ父親を論破してやりな」

 パラスは彼のことを煽てた。すると、リーダーのプラシダは一堂を収めるように言った。

「無駄話をするのも何だし、きっと皆様も気になっているだろうから、私がIEUの規則を破ってでも裁判を起こしたわけを教えてあげよう」

 そういうと5人はプラシダに視線をやった。

「紹介しよう、我々の新たなる協力者、査探さたん協会の皆さんだ」

 すると、控え室にぞろぞろと3人の男が入ってきた。最初に入ってきた男は背がやや低く、ジャージ姿の上に、鞘に収まった長剣を背負っていた。次に入ってきた男は細身で、鋭い歯と目付きをしていて、顔のあちらこちらにピアスを通していて、パンクバンドの奏者のような雰囲気があった。最後に入ってきた男はとびきり背が高く、筋骨隆々で、厳しい表情をしていた。

「入って来た順にイプシロンさん、デルタさん、ガンマさんだ」

「何ですの、その卑しい姿をした男たちは。それが高貴なあたしたちの前に見せる姿なのかね」

 とイリスは口許を扇子で隠して言った。

「こんな見た目をしているが、彼らはれっきとした我々と同じく裏で世の中を操っている方々。《イコサゲン》の調査も、我々に都合よく株価を操作したのも、全部彼らのお陰です」

 とプラシダは説明をする。

「しかし、なぜそんな方々と協力をしたのですか? 我々に何か有益なことがあるのですか」

 とパラスは質問をする。

「ええ、勿論です。我々はあなた方が今までのように、IEU内でこじんまりと融資を行うのではなく、もっと幅広いビジネスの網を押し広げ、今までの窮屈な運営よりも自由で、かつ儲かるような環境を保証します」

 イプシロンは答えた。

「私は彼らの出す条件に惚れ込んで、話に乗っかったわけさ。今回、《イコサゲン》とついでに《クリスタロゲン》を世間に晒したのも、彼らとの協力の条件でして」

「それで売国奴のような行為をしたわけか。しかし、まさか彼らにあんな不正があったとはな」

 とルリック。

「ええ、我々側としても、証拠を捏造せずに済みました」

 とイプシロン。

「嘘をついているようには見えないわね。まさかあんな真面目面した連中があんな裏の顔を持つとはね」

 とローザ。

 しかし、査探協会が《プラティナ・バンク》に接近したのにもわけがあった。それは、《クリスタロゲン》の「フリーエネルギー計画」を阻止すること、ひいては新世界秩序ニュー・ワールド・オーダーの動きを食い止めることだった。ただ、新世界秩序が会社のひとつやふたつが潰されたところで、どうにでもできるわけではないことを、彼らは理解していた。彼らも何かを仕掛けてくるに違いないと踏んだ協会は、他の錬金術師にも協力を煽っていた。

 それは遡ること3ヶ月前、例の3人はヨーロッパ某所の地下水路を散策していた。それは、IEUの汚点とでも言うべきハルゲヌスに会うためであった。怖い物知らずの3人は、足音が地下全体に響き渡っていることを気にもせずに、胸を張っていた。すると、イプシロンは何かを察知し、ふたりの歩みを止めた。水飛沫の音が微かに聞こえる、それも背後から。3人はゆっくりと振り返るが、そこには何もなかった。するとまた後ろから水上を勢いよく走る音がした。3人はまたしても振り返るが何もなかった。そして、もう一度水上を駆ける音がした、それもさっきよりも随分と近い距離に。3人はまたしても振り返るが何も無い。次の瞬間、イプシロンは背負っている長剣を鞘から引っこ抜き、真後ろ目掛けて突き刺した。そこには巨大な怪物、姿型は泥塗れだったので、はっきりはわからず、しかしその大きさはアフリカゾウのそれと匹敵するものだった。怪物は吠えて3人を襲い掛かろうとしたが、3人は機敏に避けて、怪物を三方に囲った。イプシロンは長剣を構える姿勢をとった。デルタは全身から刃を生やした。ガンマはボキボキとあちこちの関節を鳴らした。

「さあ、行くぞ」

 イプシロンはふたりに呼び掛け、一斉に怪物を襲い掛かった。イプシロンの剣、デルタの刃、ガンマの拳が怪物の身体を貫くと、怪物は颯爽と水の中に潜った。3人は水のない縁に着地した。水深はさほど深くないはずだ。だのに姿が全く見えない。すると水中に影が現れ、そこから触手のようなものを3人を捕らえた。イプシロンは剣で、ガンマは腕でそれを振り解いたが、デルタはひとりだけ抜け出せずにいた。

「畜生! いくら切っても駄目だ! 刃を通す度に削れていく!」

 デルタは叫ぶ。ガンマはデルタを助けにその腕を断ち切った。ガンマとデルタはすぐさま体勢を戻し、怪物に睨み付けた。怪物は再び3人を襲い掛かる。するとイプシロンは声を張った。

「ちょっと待った。お前、ハルゲヌスだな」

 すると怪物は触手を引き、再び水中に潜った。すると、同じ所から毛一本ない裸の男が縁に上がってきた。

「おやおや、どうやらおいらのことを知っているみたいだな、うひょひょひょ」

 男はヘラヘラしていた。

「嬉しいよ、おいらのこと、知っているだなんて」

 デルタは気味悪がってガンマの耳許に囁いた。

「やつ、話で聞いたよりかなりやばいやつじゃねえか?」

 その瞬間に、上から何者かが3人を襲い掛かった。瞬発的にイプシロンは長剣でふたりを庇って攻撃を受けた。

「カドモス。いいのじゃ。やつらは敵なぞではない。うひひひひ」

 襲い掛かった男が力を緩ませると、イプシロンも剣を下ろした。

「そうさ、我々はあなた方を害するつもりはない。ただ、美味しい話を持ってきたのさ」

 とイプシロン。

「美味しい? おいら、食いもん大好き! シチューとか、ステーキとか、揚げ物とか!」

 とハルゲヌス。

「しかし、旦那。そんな武装したやつらなんか信用してもいいのかよ。他の錬金術師の連中のように、小賢しい手を使って俺たちを騙すことだって考えられるだろ」

 カドモスはキレ気味に言った。

「落ち着いて下さい。我々は彼らのように陰険ではない。我々はいつだって正直で忠誠的だ」

 とイプシロン。

「ほら、こいつらもそういっているじゃないか。だからね、カドモス、そんなカリカリせずに、彼らの話くらいは聞いてやろうじゃないの、うひひ」

 とハルゲヌス。

「そうなのか。旦那が認めるのなら、話くらいは聞いてやる」

 とカドモス。イプシロンは彼らがさほど賢くはないことにホッとした。

「では、教えましょう。我々があなた方を訪ねたわけを」

 イプシロンは彼らに語り掛ける。

 さて、そんなこんなで彼らはハルゲヌスとカドモスを意図も簡単に掌握した。その一連の流れをイプシロンは《プラティナ・バンク》の面々に話した。すると、ルリックは嫌そうに言った。

「おいおい、IEU随一の腫れ物に我々は徒党を組まないといけないのかよ」

 すると、プラシダは答えた。

「確かにそうだ。しかし、彼ら3人が我々の中間に居てくれるし、彼らと直接顔合わせをする必要なんてないさ。それに、ハルゲヌス、知能こそ残念だが、兵力としては頼もしい存在になるのではないかな?」

「まあ、何にせよ、うちらはずっとIEUには良い顔をしてはいられないね」

 とパラス。

「はっ! 俺は別に構わないぜ。あんな根暗な連中はゴメンだ!」

 とオズモンド。

「それもそうだ。まあ、IEUはこのことを把握済みであろうし、今更彼らに良い顔したって仕方がない。一層のこと、IEUを離脱したって構わないではないか?」

 プラシダは提案する。すると、他の5人もそれに強く同意する。

「それでは始めよう、我々の闘いを!」

 控え室は今までにないくらいに暖まった。

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