嚆矢濫觴 Part 4
今後の計画を練り直すため、スタヌス抜きで会社に戻った14族だが、話し合いの前に、息抜きにプロンブスはテレビを点けた。あれこれ面白そうな番組がないかとチャンネルを替えていくが、殆どの局では裁判の中継が放映されていた。プロンブスはその退屈さに欠伸をかき、消そうとリモコンをテレビに翳そうとする。すると、シリカは彼に「待て」と声を掛ける。その裁判には見覚えのある顔が幾つもあった。
遡ることおよそ2年前。スタヌスはある契約の保証人となった。その契約とは金融機関《プラティナ・バンク》代表・プラシダと《イコサゲン》代表・アルベルトとの間で交わされた。その内容は、《プラティナ・バンク》が《イコサゲン》に対して期限付きの20億ドルの貸付けをするというもにだった。《イコサゲン》は《クリスタロゲン》と同様に電子メーカーで、13族の面々が所属していた。運営方針や形態も《クリスタロゲン》のそれと殆ど変わりはない。
彼らが銀行に借金を作ったのは、突然舞い込んできた《
しかし、開発を進めて半年後、依頼者は突然連絡を経ってしまった。依頼費はまだ支払って貰えていなかった。既に提示した予算と銀行から借金した金額の合計に達していたときだった。《イコサゲン》は莫大な赤字を出してしまった。とはいえ、彼らは独自に株式を多く持っていたため、それをどうにか金に替えれば良いと考えた。しかし、彼らが保有していた株式は、その会社で負債や黒い金の流れが発覚したり、広告の炎上や政治的立場によって不買運動が起こったり、ストライキなどといった労働環境の改善を訴える闘争が起こったりと、立て続けに不信感を与えたことにより、大暴落をし、紙屑と化した。
そんな災難に見舞われた《イコサゲン》だが、期限内に借金が帰ってこなかったこと、その依頼者が反社会的組織であることが判明したこと、このふたつの契約違反により、銀行側が企業を裁判で訴えたのだった。しかも、彼らは自分たちに有利となる土地の裁判所を選んだのであった。その行為は、世間に身分を晒すということで、IEUの条約に違反するものであったが、彼らは巧妙な手口を使い、今日まで連合にバレずに訴状を提出することが出来た。《イコサゲン》側も、その訴状を無視できるはずがなく、勝ち目の希薄な裁判に挑む他なかった。IEUには弁護士が配置されていなかった(そもそも公の裁判を開くことは想定されていなかったため)ので、双方共に一般の者を雇っていた。
緊急集会が開かれた当日は、その裁判日でもあった。スタヌスは《イコサゲン》側の証人として登壇するため、途中でこっそり抜けていたのだった。スタヌスは懸命に企業側が詐欺に遭ったことを訴えたが、結局は依頼を引き受けたアルベルトの責任問題が突き詰められ、彼は何の役にも立たなかった。それどころか、原告からはスタヌスが証人として不適合であるという申し出までもあった。そこで、彼らはスタヌスという人物についての情報開示を要求してきた。裁判官はそれを認め、スタヌスの生い立ち(これは流石に捏造である)、所属企業、そして企業の実態が公にされた。彼が在籍していた企業が実に様々な組織と取引を行っていたということまでもが公開され、殊に世界的なテロ組織の名前が強調された。
この裁判によって、《プラティナ・バンク》はもとい、これまでに電子界隈で暗躍していた《イコサゲン》と《クリスタロゲン》という隠された企業が公にされた。その裁判を見た者は、これまで陰謀論としてしか考えられなかった秘密結社の存在に衝撃を走った。
テレビでそれを観ていた14族は別の衝撃があった。それは、スタヌスが皆の相談なくして契約の保証人になったということ、裁判の映像で大勢の錬金術師の仲間たちが映っていること、何よりそれまで秘匿していた自分たちの存在を世間一般に明かしてしまったということだ。それも、悪印象から始めて、だ。同時に、電話が一斉に鳴り出し、更にメールがどっと入ってきた。普段こうした類のものはシリカひとりで行っていたが、これに限っては流石に彼女ひとりでは対処できなかった。そこで、炭人、ゲルマンとプロンブスも応対することになったが、特にプロンブスはこのようなことに慣れていないだけに、先方に怒られて電話を切られた。
一方で画面上には頭を抱えて膝を折り曲げて倒れ込むスタヌスの姿があった。13族の面々は裁判で明かされてしまうことがわかっていたので覚悟を決めていたが、壇上に上がっていたスタヌスは自分自身、ひいては会社そのものが公に晒されることを夢にも思わなかっただけに、その絶望は彼の精神を徹底的に破壊した。
「畜生! スタヌスの奴め! あいつは何を考えてんだ。アルベルトもアルベルトだ。そもそもあいつがヘマをやらかさねりゃ問題はなかったのに」
プロンブスは怒りを顕にした。他の皆も同じくらいの怒りを抱えていたが、シリカは皆を落ち着かせた。
「起こったことは仕方がない。今は最善手を打って、この窮地を凌ぐしかない」
とはいえ、彼女自身も声は震えていた。あの、いつも平静を装っていた炭人でさえ、全く落ち着きを見せなかった。
他の錬金術師も、世間に晒されるのは時間の問題であった。会議場に残っていた2族はお祭り騒ぎのようにはしゃいだ。同じく残っていた希土類の面々は石像のように固まっていた。会議に乱入してきた笹田宇千羽と名乗る女は腕を組んで言った。
「こりゃ荒れるな」
そして、キュープラスは手を組んで心配そうな表情をした。
一方で、これを受けて《アイアン・クラン》のボス、フェラスは部下たちに命令した。
「お前ら、いよいよ世間が我々の存在に気付いたようだ。人様に恥ずかしい姿を見せぬよう、徹底的に体を鍛えろ」
一方で、この一件を吉報と見た女がひとり。
「ほれ、これできっと私の言う通りになるだろうな」
国頭嵩音は微笑を浮かべた。
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