嚆矢濫觴 Part 3

「申し訳ないが、我々は忙しい。今すぐにでも会社に戻らねばならないのだ」

 ゲルマンは国頭嵩音と名乗る女に言った。

「おやおや、それは大変申し訳無い」

「分かっていただけば構わないさ」

 そういって一行は嵩音を通り越した。ただひとり、炭人は立ち止まったままだった。

「しかしまあ、新世界秩序ニュー・ワールド・オーダーだって? 何て胡散臭い組織名だな」

 炭人の一言を耳にして、帰りかけた14族の面々はすぐさま振り向いて引き返す。ゲルマンは驚いて思わず口出す。

「今何って言った?」

「何て胡散臭い組織名だな」

 炭人は答える。

「いや、その前だ」

「新世界秩序だって?」

「それだ。炭人、いくらなんでも言っていいことと悪いことがある。殊にクライアント……」

 ゲルマンが突然言葉を詰まらせたのは機密にしなけてばならない事業関わるからである。ゲルマンが「ニューワールドオーダー」という言葉を炭人から聞いた際に不意に驚いてしまったのは、まさにその事業の依頼者が、その組織の者だと名乗っていたからだ。とはいえ、「ニューワールドオーダー」はありきたりな名前だ。ちょっとした影の実力者を目指す人間が、始めに思いつくような名前である。もしかすれば、その依頼者とは無縁な組織とも考えられる。

「まあ、私だって胡散臭い名前だと思っているさ。しかし、うちらのボスが考えたものだというのだから、勝手には変えられないさ」

 と女は言う。

「なるほど、それで君たちのボスというのは?」

 と炭人は質問をする。

「なに、あんたらにフリーエネルギーの話を持ち掛けた張本人よ」

 それを聞いた《クリスタロゲン》の一味は腰を抜かした。しかし、炭人はこれで確信した。国頭嵩音は依頼者の関係者である。

「しかし、残念だな。本来なら今日にでもテストするところだったというのに、フィンランドにある装置が何者かに壊されるからな」

「ほう、そこまで筒抜けにされていたのか、我々もついさっき知ったことだというのに」

「まあな、あんたらが会社から議会まで移動する間に破壊されたものだ。おっと、君たちは多分、どうやってマグナスがその写真を受け取ってスライドショーに入れたのだろう、と思っただろ? まあ、ちょっとした小細工さ。スライドを作った本人が変わっていたことに気が付かなかったのはちょっとショックだったけどな」

「待て、貴様、一体いつから会議を!」

 とプロンブス。

「最初からさ。君たちは依頼を受けた頃から既に我々の監視下にあったのさ」

 ゲルマンとプロンブスは汗を流した。シリカの表情は堅かった。炭人はそれでも涼しい顔をしていた。

「それで、君たちが今になって姿を現すのは一体どんな風の吹き回しだ」

 と炭人。

「まあまあ、聴いてくれ。我々は何者かに妨害を受けている。その妨害は、あなた方《クリスタロゲン》にも及んでいる。そこでだ、我々と協力して、その何者かを懲らしめないか?」

 嵩音の誘いに、しかし、炭人は断った。

「なるほど、我々のクライアントが今困っているのだな。だが断る。そもそも、あなた方の問題は我々が預かり知るものではない。我々はあくまで、サプライヤーとして、依頼を全うするだけだ。あなた方だって、装置が早く完成する方がありがたいのでは」

「ええ、勿論早いことには越したことはありません。しかし、我々のボスとても忍耐強いお方だ。幾らだって待てるさ。しかし、彼は自分に喧嘩を売るような真似をする人にはとても我慢ができない。追加費用は幾らでも出せるさ。どうだ、我々と協力しないか?」

「誘うのは結構だが、何より依頼を手早く必ず果たすことが我々の何よりのポリシーだ。依頼を差し置いてあなた方の抗争に協力はし兼ねる」

「では、私の誘いを依頼だと思えば」

「生憎我々は何でも屋ではないので」

 炭人は嵩音の誘いを振り切り、堂々と立ち去る。他の皆も、慌てて後を追う。すると、嵩音は何かを言い捨てる。

「まあ、どのみちあなた方は必ず参戦する」

「それはどうかな」

 炭人はにやけた。

「それはそうと、5人いたと思うけど、ひとり減っていない?」

 嵩音の指摘でその場にいた14族の面々は辺りを見渡す。そこでようやく、スタヌスがその場にいないことが発覚した。

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